第56話 大幹部

 脂ギッシュな五十代前半のチビデブ、グルゼダ。

 四十代後半のゴリラ面のマッチョ、バディア。


 同じく四十代後半の陰険メガネなヒョロガリ、リロア。

 この三人がプーロを仕切っている大幹部だ。


 事務所の奥にある、片側に五人ほどが座れるテーブルのいわゆるお誕生日席にグルゼダが座り、その両側を固めるようにバディアとリロアが座っている。

 俺を呼び止めたのはマッチョのバディアだ。


「まだ何か用があるのかい?」

「随分と威勢がいいじゃねぇか、ちょっとこっちに来て座れ」


 バディアは、俺にグルゼダの対面に座るように指差した。

 人相の悪いヒョロい男がキレかけていたのに対して、バディアはニヤニヤと笑みすら浮かべている。


 事務所には、幹部三人とヒョロい男の他に四人ほど柄の悪い若い男が壁際に並んで俺をジッと見ている。

 そちらは笑みどころか、俺を噛み殺さんばかりの形相で睨み付けているが、どうやら幹部連中に騒ぎ立てるなと言われているようだ。


 こんな敵陣の真っただ中で、無防備に腰を下ろすのは気が進まないが、招きに応じてグルゼダと向かい合う席に座った。

 俺が腰を下ろすと同時に、陰険メガネのリロアが革袋を取り出してテーブルに置き、俺に向かって滑らせてきた。


 滑ってきた革袋を左手で止めると、ズシっとした重みを感じる。


「何だい、こりゃ?」

「うちの若い者が迷惑をかけたそうだな、その詫びだ」


 リロアは、男にしては甲高い声で革袋の意味を説明した。

 まだ開けていないが、結構な額の金が詰まっていそうだ。


「詫びねぇ……というか、俺をタコ殴りにした三人はどうしたんだ? 詫びって言うなら本人に頭を下げさせるのが筋ってもんじゃねぇのか?」

「三人は始末した……文句あるか?」


 俺が跡形もなく消した連中を始末できる訳がないが、ここは突っ込まずにおいてやろう。


「いいや、同情する価値もねぇ連中だったからな。文句はねぇよ……」

「中を確かめないのか?」


 革袋を上着のポケットに突っ込もうとしたら、動きを遮るようにリロアが訊ねてきた。


「こいつは、あんたらの誠意なんだろう? プーロの大幹部が示す誠意が、俺みたいなガキを納得させられないような額である訳ねぇよな」


 実際、革袋の大きさと重さからして、中身は金貨だろう。

 たぶん、駆け出しの構成員の年収よりも遥かに高額だろう。


「他に話が無いなら……」

「まぁ待て、掃除屋。そう慌てて帰ろうとしなくてもいいだろう」


 席を立とうとした俺を再びバディアが引き留め、同時にリロアがもう一つ革袋を取り出してみせた。

 それまでソファーにもたれて、葉巻をくゆらせていたグルゼダが、芝居がかった動きで両手を広げながら口を開いた。


「掃除屋、こっちに付け」


 グルゼダの言葉が合図だったのだろう、壁際に整列してた柄の悪い男共が、ゾロゾロと退路を断つように俺の背後に移動してきた。


「こっちに付けってのは、どういう意味だい?」

「憲兵隊を裏切れ」

「はぁ……何を勘違いしてるのか知らないが、俺は一般市民として当たり前の協力をしただけだぞ」

「ふん、何をぬかすか。お前が協力しなければ、憲兵隊があんなに速く嗅ぎ付けたりはせん」

「どうだかなぁ……毒殺事件の話をしてるのなら、どこの現場も不自然極まりなかったぞ。あんなお粗末な工作で事件が発覚しないなんて考える方がどうかしてるぞ」

「んだと、こらぁ!」

「やめろ」


 俺の背後にまわった連中が掴み掛かってこようとしたが、グルゼダの一言で引き下がった。


「あくまで憲兵隊に協力するつもりか?」

「内容にもよるが、憲兵隊への協力は市民の義務なんだろ?」

「我々には協力しないつもりか?」

「あんたらのやり方はスマートじゃねぇからな」

「雉鳩亭のガキどもがどうなっても構わないのか?」

「はぁぁ……そういうとこだぞ。フェーブル出身者で身内を固めておいて、平然とフェーブルの市民に手を出す」

「矛盾しているとでも言うつもりか?」

「いいや、人間なんてのは矛盾してるのが当たり前だ。だから矛盾してるのは別に構わないんだが、やり口が気に入らねぇ。他人の大事なものに手を出して、それで協力が得られると思ってる根性が気に入らねぇんだよ」

「このガキ、調子に乗りやがって……うがぁぁぁ!」


 俺の背後にいた男の一人がナイフを抜き、直後に悲鳴を上げてナイフを床に落とした。

 清浄魔法を使って、手の平の皮をベロっと剥いてやったのだ。


「この野郎……おぇ?」

「なんだ、これ……」


 ヒョロい男を含めた下っ端連中は、俺に向かって踏み出した途端によろけてぶっ倒れた。

 まとめて三半規管に清浄魔法を掛けてやったから、今日はもう立ち上がれないだろう。


「手前、何しやがった!」


 さっきまで余裕の笑みさえ浮かべていたバディアが、憤怒の表情で立ち上がって睨みつけてきた。


「敵対してる連中に手の内なんか明かすかよ」

「俺達と敵対するんだ?」

「はぁ? 何の罪も無いリュシーを攫ったり、ペタンやミルネにまで手を出すなんて脅しをかけてきたのは、どこのどいつだ? 手前らのやってる事を棚に上げて、何ほざいてやが……」

「穿て!」


 俺が話し終える前に、リロアが上着の内ポケットから素早くワンドを抜くと、抜き打ちに火球を撃ち出した。

 発動の速さ、火球の速度、共に一級品の腕前だったが、俺に届く前に魔法は光の粒子になって消失する。


「なん、だと……何をした!」

「だから、手の内なんか明かさねぇよ。さぁ、掃除の時間だ」


 顔を真っ赤にしたグルゼダが、両手でテーブルを叩いて喚こうとしたが、その口からは空気が洩れる音しか聞こえてこなかった。

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