第53話 悲劇のヒーロー願望

 謎の乳談議にかなりの時間を割いてしまったが、ドナートさんとの話からは得るものが多かった。

 どうも俺は、自分が余所者であるという意識が強すぎるようだ。


 いや、余所者というよりも自分を悲劇のヒーローのごとく考えているところがある。

 俺の親父は特撮もののオタクで、中で初期の変身ヒーローに入れ込んでいた。


 単純に変身して悪と戦うヒーローではなく、自分が悪の組織に改造されて人間ではなくなってしまった悲哀が描かれているのがたまらないらしい。

 そうした内容を熱く語る親父に育てられたのだから、俺が感化されないはずがない。


 俺は自分でも気付かないうちに、悲劇のヒーロー願望を持ってしまっていたようだ。

 勇者召喚に巻き込まれて、自分だけ戦闘には不向きな清浄魔法しか手に出来ず、冷遇されて城から逃げ出す。


 その後、清浄魔法に磨きをかけて、チート級の能力にまで昇華させたが、勇者として戦う気は無いので王族からの逃亡生活を続ける。

 移動先の街で厄介事に巻き込まれる度に、清浄魔法で降りかかる火の粉を払って次の街を目指す。


 そんな生活をしている自分を悲劇の変身ヒーローに重ねてしまっていたようだ。

 自分は余所者、普通の人間とは違う、月並みな幸せなんて求めちゃいけない……みたいに、自分の置かれた状況に酔っていたのかもしれない。


 ごちゃごちゃ、ウジウジと考えていた俺に比べて、ドナートさんの考え方はシンプルだった。


「いいか、マサ。好きなら好き、嫌なら嫌、守りたいなら守る、捨てたきゃ捨てる。背負いきれる責任なら背負っちまえ、無理なら逃げちまえ」

「そんな、簡単に逃げる訳には……」

「逃げたら後悔するか?」

「はい」

「後悔なんてのは、その場の決断なんかより、その後の生き方で変わってくるもんだ。たとえ逃げ出したとしても、その後の暮らしが幸せならば、その決断は正しかったって事だよな?」

「まぁ、そうですね」

「常に正しい人間なんていない、人間てのは間違う生き物だ。だからよ、後悔しない決断をするんじゃなく、決断を後悔しない生き方をするんだ」

「後悔しない生き方……」

「そうだ、人間生きていくには苦労が付きものだが、我慢を重ねて苦労する生き方なんて面白くないだろう。どうせ苦労するなら、自分のわがままを突き通すために苦労した方が人生は面白いぞ」

「なるほど……」


 そもそも、俺がビクビクしながら生きなきゃいけない理由なんて無いはずだ。

 ギルドマスターや憲兵隊からの依頼だからと言って、従わなきゃいけない理由は無いだろう。


 勇者と一緒に召喚された者だと知らせたきゃ知らせればいい。

 魔王討伐の一行に加われと言われところで、従う義理など無いはずだ。


 それこそ、嫌なら隣りの国へ逃げてやればいい。

 今更無一文になるのは厳しいけれど、磨きを掛けた清浄魔法を使えば食っていくぐらいはできる。


 リュシーが欲しけりゃ抱けば良い。

 逃げるとなったら攫って行けばいいし、一緒に行くのが嫌だというなら別れるだけだ。


 もう、あれこれ面倒に考えるのは止めよう。

 ちょっとは本能の赴くままに行動したって良いはずだ。


 手始めは、プーロから依頼だろう。

 プーロが運営している娼館『黒鳥』は、サングリーが運営している『エリーゼの溜息』と比べると、一段格下だとされている。


 何をもって格下だと評価されているのかは知らないが、娼館で働いている娼婦も、プーロの方針らしくフェーブルの出身者ばかりだそうだ。

 その殆どが、身内や自分の借金を返済するために体を売っているらしい。


 フェーブルは、国境の街、交易の中継地として栄えているが、それでも王都などに比べれば街の規模は小さい。

 つまり、どこの誰の娘だとかとか、娼婦の身元を分かった上で訪れ、指名する客が少なくないらしい。


 娼館としての格は分からないが、客のゲスさでは一番なのだろう。

『黒鳥』の掃除の依頼も、これまでに何度かこなしている。


 掃除の依頼内容自体は、他の二つの娼館と同じだし、『黒鳥』だから特別という内容は無い。

 ただし、今回の依頼に関してはタダの依頼でないのは明らかだろう。


 秋祭りの期間を挟んではいるが、これまでのタイミングに比べると依頼を出すのが早い気がするし、なによりも依頼を拒否されても食い下がっていたのだ。

 おそらく、一連の騒動に関係している事は間違いないだろう。


 もう一度、俺に釘を刺すつもりなのか、それとも下っ端三人を綺麗さっぱりと掃除された事に気付いたのか。

 いずれにしても、俺の行動が疑われている事だけは確かだろう。


 それ以上の事は、実際に足を運んでみるしかなさそうだ。


「鬼が出るか蛇が出るか……神のみぞ知るってか? クリーニング」


 部屋の明かりを消して、自分の体に清浄魔法を掛ける。

 真っ暗になった部屋にキラキラした光の粒子が散り、体から老廃物や皮脂汚れなどがズルっと取り除かれる。


 服の汚れも綺麗になって、光の粒子が消えたところでベッドに入った。

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