第48話 ダービッドの真意

「おぅ、来たな。こっちだ、付いて来い」


 憲兵隊の詰所に顔を出すと、やはり普通の掃除の依頼ではないらしく、ダービッドの所へ行くように言われた。

 俺の姿を見たダービッドは、デスクを離れて廊下の先にある部屋へ俺を連れ込んだ。


 さて、今度はどんな理不尽な要求をされるのだろうか。


「この部屋は、俺達が密談をするための部屋だ。壁も窓も防音になっているし、魔法を使った盗聴もできないような仕組みが施されている」


 確かにダービッドに続いて部屋に入り、ドアを閉めると静寂が訪れた。

 ダービッドは、まあ座れと俺に椅子を進めると、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。


「三人ばかり掃除してくれたみたいだな、報酬はギルドの口座に振り込んでおいたから確認してくれ」

「何のことか分かりませんけど……」

「まぁ、そうツンケンすんな。別に取って食おうなんて思ってねぇよ」

「どうだか……余所者に汚れ仕事を押し付けて、使い潰すつもりじゃないんですか」


 憲兵隊に盾突いたところで、良い事なんて何も無いのだが、この所何もかもが上手くいっていないストレスから、つい口調が刺々しくなってしまった。

 機嫌を損ねても構わないと思ったのだが、ダービッドの反応は意外なものだった。


「んっ、余所者だと? マサ、お前は自分が余所者だと思ってんのか?」

「えっ、違うんですか?」

「お前は馬鹿か? どこの世界に自分達の手の内明かすようなヤバい仕事を信用できない余所者に頼む奴がいる。俺は、お前がフェーブルの街の一員だと思ってるから話を振ってるんだぞ」

「えっ、俺はてっきり……」

「てっきり何だ?」

「俺に仕事を押し付けて楽しようとしてるのかと……」

「お前、そんな風に思ってたのか」

「いや、だって、プーロの連中なんて憲兵隊やギルドが動けば簡単に潰せるんじゃないんですか?」

「そんな訳ねぇだろうが、大体な、憲兵隊が好き勝手やって無辜の住民に罪を着せて投獄や処刑が出来るような世の中は最悪だぞ。みんな憲兵隊の影に怯えて暮らすような世の中になっちまう。それでいいと思うのか?」

「いや、それは嫌ですけど……」

「だろう? 俺らに出来る事は、ちょいと強引な取り調べをする程度だ。そこから先の量刑を決めるのは裁判所のやる事だ」


 確かに、ダービッドの言う通り、憲兵隊が罪状まで決められるような世の中は恐ろしいし、そんな国には住みたくない。

 どうも俺は少々勘違いをしていたようだが、それでも納得がいかない事は残っている。


「でも、だったらどうして例の一件について憲兵隊は動かないんすか?」

「あのレリシアとかいう娘が立ち直れる余地があるからだ」

「えっ、どういう意味です?」

「もし俺らが動いたら、どういう事が行われると思う?」

「そりゃあ、プーロの連中を捕まえてきて、取り調べて、裁判にかけるんじゃないんすか?」

「そうだ、取り調べを行えば、奴らは微に入り細を穿つように何をやったか喋り、ありもしないレリシアの反応を並べ立てるぞ。あの女、俺らに跨って自分から腰を振って楽しんでやがったぜ……とかな」


 確かに裏社会の連中ならば、その程度の口裏合わせはしてもおかしくない。


「裁判ってのは、双方が双方の言い分を聞いて、何があった明らかにして量刑を決めるものだ。当然レリシアは、プーロの連中の話を聞かされるんだよ。少なくとも、その場にいた六人分だ。その度に、塞がりかけた心の傷を無理やり広げられ塩を塗り込まれる。マサ、お前はレリシアにそんな思いをさせたいのか?」


 正直、考えてもいなかった。

 王族によって異世界から召喚され、結構雑な扱いを受けて来た俺は、この世界にはまともな裁判制度なんか無いと思い込んでいた。


 だが、まともな裁判制度があるなら話は違ってくる。

 日本の状況を思い返せば、裁判におけるセカンドレイプの問題などが存在していても不思議ではない。


 こちらの世界に被害者救済制度なんてものがあるのかも分からないし、ダービッドの口振りからしても、裁判における性犯罪被害者の保護は日本よりも遥かに遅れているのだろう。

 だとすれば、あれだけ凄惨な凌辱行為を受けたレリシアが、裁判の場で更に繰り返し辱められてもおかしくない。


「カペルからも話を聞いているし、お前がレリシアを疎ましく思っていたのも知ってる。他にもプーロの連中の神経を逆撫でするような行動もしてたのだろうが、だからと言って立ち直るための道を閉ざして良い訳じゃねぇよな?」

「だったら、憲兵隊が……」

「さっきも言っただろう、俺らが私刑を行っちまったら世の中真っ暗になっちまうんだよ」

「だから俺に押し付けたんすか?」

「はぁぁ……マサ、お前は自分の惚れた女があんな目に遭わされても黙ってるのか?」

「それは、俺だって腹は立ちますよ。でも……」

「勇者様みたいな扱いをされないためには、ホイホイ使う訳にはいかねぇんだろう?」

「どうして、それを……」

「馬鹿め、俺が何年憲兵隊にいると思ってんだ? 伝手を使って洗い出せば、何時、どこに現れた奴なのかぐらい調べは付く」

「だから利用したんですか?」

「はぁぁ……どうやら俺や怪物婆ぁが考えてるよりも、お前は捻くれてるみたいだな」


 ダービットは大きな溜息を漏らすと、ガリガリと頭を掻いた。


「マサ、さっきも言ったよな、信用できない余所者なんかに、手の内明かすようなヤバい仕事を頼まねぇよ。俺はなぁ、お前が街のあちこちを金も貰わず掃除してるのを知ってる。雉鳩亭のガキ共に、毎日のように話を聞かせてやってるのも知ってる。他の奴には真似の出来ない質の高い掃除で、街の連中から信頼されてるのも知ってる。俺は、お前がフェーブルの一員だと、信用できる男だと思っているからプーロの連中の掃除を頼んだんだ」


 どうやら俺はダービットから、思っていた以上に認められていたらしい。


「いいか、俺ら憲兵隊が私刑を下すのは許されない。それは越えちゃいけねぇ一線だ。だったら俺らに出来るのは、動くことじゃなく、動かないという選択だ。改めて言っておくぞ、お前の掃除について、フェーブルの憲兵隊とギルドは動かない。当然、勇者みたいな力を持つ奴が現れた……なんて話を王都に伝えることも無い。ここは、お前の街だ」


 ダービッドの最後の一言は、俺の胸に深く突き刺さった。

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