第47話 先輩の教え
※今回はリュシー目線の話になります。
「リュシー、ちょっと付き合いなさい」
仕事が終わったところで、先輩受付嬢のデリアさんに誘われて夕食を共にすることになった。
「旦那さんの夕食は良いんですか?」
「旦那も飲みに行くって言ってから大丈夫よ」
「それなら、お供します」
正直に言うと、私も胸の中のモヤモヤしたものを相談したいと思っていた。
連れて行かれたのは、ギルドから少し歩いて路地を一本入った所にあるバーで、デリアさんの行きつけの店のようだった。
「マスター、奥は空いてる?」
「空いてるよ」
「それじゃあ、いつものお任せで」
「あいよ」
顔の下半分を埋め尽くすように髭を蓄えたマスターは、落ち着いた低い声で答えた。
デリアさんは勝手知ったる我が家のように細い廊下を通り、奥まったテーブル席に腰を落ち着けた。
「さて、何か話したいんじゃないの?」
「そうなんですけど……何から話せば良いのか……」
「別に、例の件はマサには何の責任も無いんでしょ?」
「はい、マサさんは悪くないです。ただ……」
「ただ、どうしたの?」
「何だかマサさんが凄く冷たい人に見えて……」
デリアさんの行きつけのバーであっても、誰に聞かれるか分からないから、色々とボカシながら事件の当日に感じたマサさんの冷たさについて話をした。
「それで怖くなってしまった?」
「はい……」
「はぁぁ……まだまだお子ちゃまね」
「うっ、そうかもしれませんけど……」
「リュシー、あなたマサが移籍してきた時に経歴を見たわよね」
「経歴? はい、特に問題は……」
問題は無かったと言いかけて、あの時デリアさんに指摘された事を思い出した。
「あちこち移籍してました」
「そう、それも?」
「王都から離れるように……」
デリアさんは大きく頷くと、マスターが料理と酒を持って現れたので一旦話を打ち切った。
「続きを話す前に、喉を湿らせましょう」
「はい」
陶器製のジョッキを合わせて乾杯し、葡萄酒を口に含んだ。
あの日以来、お酒を口にしていなかったので、マサさんと過ごした時間を思い出して胸が痛んだ。
デリアさんはスモークチーズを肴に、ぐぐっと葡萄酒を飲むと、おもむろに話し始めた。
「マサには人に言えないような秘密があるわ」
「えっ?」
「でも、それは後ろ暗いものではないと思う。だって、犯罪に絡むような人物ならば、あんなに堂々とギルドで依頼を受けたり出来ないわよ」
「そうですね。でも秘密ってなんでしょう?」
「そこまでは分からないわ。だけど、それを探られたくないと思っている。だから移籍を繰り返して王都から離れて来たんじゃないの?」
「なるほど……」
「マサが冷たい視線を向けていた相手はどんな人物だった? マサの秘密を探ろうとしてたんじゃない?」
「あっ、そう言われれば、マサさんにしては珍しいくらい邪険にしてました」
今更ながらに思い出したが、初めてレリシアさんを見掛けた時から、マサさんは彼女に好意的ではなかった。
というよりも、明らかに迷惑そうな顔をしていた。
「でも、マサさん本人を探ろうとしていた訳ではなかったと思いますけど」
「それでも、マサにしてみれば許可なく一線を越えて踏み込んで来る相手に嫌悪感を抱いてたんじゃないの?」
「確かに……そうかもしれません」
「そもそも、そのゾッとするほど冷たい視線をリュシーに向けた訳じゃないんでしょ?」
「はい、私にはずっと優しく接してくれていました」
「よく考えてみなさい。自分が好意を抱いている人物をトラブルに巻き込んだ人間に、暖かい視線なんて向ける訳ないでしょ」
「好意を抱いてるって……」
「あのねぇ……あなた以外に誰がいるって言うのよ。トラブルに巻き込まれるまで、マサと一緒に祭りを回っていたんでしょ? その時、あなた以外の女に目移りしていたように見えた?」
何で、こんな簡単な事にすら気付かなかったのだろう。
トラブルに巻き込まれるまで、マサさんはずっと私を見て微笑んでいてくれたじゃないか。
「で、でも、あれからマサさんが、余所余所しいというか……」
「当り前でしょ、あなたが他所他所しくしているのに、マサにだけ優しくしてもらおうなんて甘ったれてるんじゃないわよ」
「うっ、そうですね……」
デリアさんの言う通り、あれからマサさんを見ると、あの冷たい視線が私にも向けられてしまうのではないかと勝手に身構えてしまっている。
私がそんな調子なのに、マサさんにだけ優しくしてもらおうなんて思うのは甘えだ。
ただ、もう一つ引っ掛かっている事がある。
「あの、デリアさん。マサさんって、憲兵隊から目を付けられているんでしょうか?」
「付けられてるわね」
「えっ……」
「付けられているって言っても、色んな意味合いがあるわよ。リュシーは、マサが憲兵隊から疑われるような人物だと思っているの?」
「とんでもない、マサさんはそんな人じゃない……はずです」
「なるほど、そこも不安なのね」
「はぁ……」
「さっきも言ったけど、憲兵隊に目を付けられるというのは、色んな意味があるわ。事件の容疑者としてもそうだし、有能な協力者としてもね」
「でも、それって表沙汰に出来ない……ってことですよね?」
「そうね。でも見方を変えてみなさい。表沙汰に出来ないような依頼をするってことは、それだけ信用されているってことよ」
「信用……ですか?」
「そうよ。憲兵隊やギルドマスターが、表沙汰に出来ないようなことを信用の置けない人物に頼むと思う?」
「あっ……」
ギルドマスターから、マサさんに憲兵隊の依頼を受けさせるように言われたのを私は勝手に勘違いしていたようだ。
「私が思うに、マサも色々と勘違いしているんだと思うけど、それは色んな街を移り歩いて来た経歴を考えれば仕方のないことだと思うの。たぶん、ギルドマスターや憲兵隊のダービッドさんも、色々と言葉が足りていないんだと思う」
デリアさんの話を聞いているうちに、秋祭り以後のマサさんの態度や表情の意味が急に理解できたような気がした。
「これも憶測だけど、今のままだとマサはフェーブルから姿を消すんじゃないかな」
「えぇぇ! どうして……じゃない。その通り……ですね」
「マサがいなくなるのは嫌?」
「嫌です! でも、どうすれば……」
「全部、率直に話すしかないわね。どうして余所余所しい態度をとってしまったのか、どうして怖いと感じたのか、どうしてマサにいなくならないでほしいのか、リュシーの考えを、気持ちを、想いを全部ぶつけるのね」
「でも、それでも駄目だったら、どうしましょう……」
「そん時はねぇ……部屋に連れ込んで、素っ裸になってぶつかって行きなさい」
「えぇぇ……私、真面目に聞いてるんですよ」
「あら奇遇ね、私も真面目に話してるわよ。そこまでやっても駄目なら諦めも付くでしょ?」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「あなたとマサは違う人間なの、言葉にして伝えなければ、表情や態度だけじゃキチンと気持ちは伝わらないわよ」
デリアさんの言う通り、私から伝えなければ気持ちは伝わらないし、話してみなければマサさんの本当の気持ちなんて分かるはずがないのだ。
「もしかして、デリアさんも素っ裸でぶつかって行ったんですか?」
「ふふん……私は脱ぐまでも無かったわ」
「ぐぅ……」
ちょっとは言い返そうなんて思ってみたら、デリアさんに豊満な胸の膨らみを見せつけられて逆にダメージを食らってしまった。
「それじゃあ、私は脱いでも意味無いじゃないですか」
「何言ってんのよ、やってもいないうちに諦めてるんじゃないわよ。大体、あんた達は焦れったすぎるのよ。ウジウジ考えてないで、さっさとやる事やっちゃいなさい」
「いや、それはさすがに……」
「それじゃあ、マサがいなくなってもメソメソするんじゃないわよ。というか、あれだけの優良物件を逃すなんて馬鹿よ、馬鹿、大馬鹿ね」
「いくらなんでも、言い過ぎじゃないですか?」
「あ~ら、言われたくなかったら、さっさと落しちゃいなさい」
駄目だ、何を言ってもデリアさんには勝てそうもない。
でも、負けっぱなしは嫌だから、明日からは気合を入れ直そう。
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