第46話 火災の影響

 コンべニオの賭博場が燃えた影響は、歓楽街だけには収まらなかった。

 賭博場は、階段や廊下が狭く入り組んだ作りになっていたせいで、三十人を越える人が逃げ遅れて焼死した。


 現代日本のように、避難経路を設けるとか、消火器を設置するとか、消防法のような決まりは無いので、増築やら改築の結果として複雑な構造になっていたようだ。

 亡くなった人の中には、コンべニオの構成員だけでなく、賭博場に出入りしていた一般人も含まれていたそうだ。


 というよりも、賭博場の構造を熟知していた構成員より、遊びに来ていた一般人の割合の方が遥かに多かったようだ。

 賭博場という性質から、建物の奥まった部分ほど金使いの荒い、いわゆる上客のための部屋が設けられていて、そうした客の多くが逃げ遅れた。


 その中には、大きな商会の主や番頭クラスの人物、街の役人なども含まれていたようで、色んな場所で混乱が生じているらしい。

 娼館エリーゼの溜息で毒殺事件が起こった時、憲兵隊の留置場で毒殺されたミュリエルの最後の客だったアドルフォと一緒になった。


 アドルフォはルカレッリ商会の会長で、留置場を清掃してやった報酬を受け取りに商会を訪ねると、番頭のフォレモが蒼い顔をしていた。

 ワンマン経営者のアドルフォが突然収監されたことで、取り引きの内容などが分からなくなって大騒ぎになっていたそうだ。


 どうも、こちらの世界では情報を独占することで、自分の権力や地位を確かなものにしようとする傾向があるようで、焼死した者たちの頭の中にも、その人しか知らない情報が沢山あったようだ。

 死んでしまえば、当然情報は引き出せなくなるのだから、商会や役所に残された人間にとっては良い迷惑だろう。


 火災で焼死したのは、上客ばかりとは限らなかったようだ。

 賭博場に入り浸っている者の中には、負けを取り返そうと借金までする者も少なくない。


 そうした者の多くは、小規模な商店の主人であったり、手仕事の職人だったりする。

 出掛けたままま家族が戻らず、もしやと思って探しに来た者に対して、コンべニオは借金の証文を持ち出して返済を求めた。


 コンべニオとすれば損失を少しでも回収しようと考えたのだろうが、遺族にしてみれば証文を持ち出すことを優先して家族を見殺しにされた形だ。

 この話は火事場に集まっていた野次馬から街中に広まり、コンべニオに対する批判の声が高まった。


 もしかすると、誰かが意図的に話を広めたのかもしれないが、批判に押される形でコンべニオは、焼死した人の借金を見舞金として帳消しにせざるを得なくなった。

 稼ぎ場所を燃やされ、更には借金を棒引きすることになり、大きな打撃をうけたコンべニオの腹の虫が収まるはずがない。


 火事が起きた翌日から、裏社会の構成員同士の小競り合いが頻発していたが、幹部の自宅が襲撃される事件にまで発展した。

 当然、襲撃を受けたサングリーやプーロも黙っていない。


 ギルドマスターやダービッドの指示に従う形でプーロの構成員を掃除したが、結果としては混乱に拍車を掛けただけにしか思えない。

 賭博場の火災は放火によるものらしいが、犯人は見つかっていないし、プーロがやったこととは限らない。


 例の三人が消えたから放火が行われたとも限らないが、全く無関係とも言い切れない。

 ただ、この混乱を収拾するという名目でか、憲兵隊による取り締まりが強化されているのは事実だ。


 襲撃に関わった容疑で、各組織の幹部クラスを逮捕、拘束しているようだ。

 ダービッドは当初の目的を果たしているのかもしれないが、賭博場の火災に多くの一般人が巻き込まれたことを考えると、やり方を間違えているように感じてならない。


 短い秋が足早に通り過ぎ、空に雲が垂れこめる日が続いているのは、今のフェーブルを象徴しているかのようだ。

 そんな状況下で俺は、秋祭りの前にやり残した仕事を黙々と片付け、リュシーとは事務的な会話しか交わさなくなった日々を送っていた。


 ようやく、中途半端だった仕事が全て片付き、新規の仕事を……と思ったら、リュシーから一件の依頼を提示された。

 内容は、憲兵隊の隊舎の掃除だ。


「これって、断る訳には……いかないか」

「申し訳ありません」


 リュシーにこんな顔をさせるダービッドとギルドマスターをぶん殴ってやりたくなった。


「分かった、明日行って来るよ」

「申し訳ありません……」


 表情を曇らせて頭を下げるリュシーに背を向けて、軽く手を振りながらカウンターから離れる。

 リュシーが、どこまで俺の裏の顔について聞かされているのか分からないし、あるいは漠然とダービッドとの関係を察しているのかもしれない。


 ただ、秋祭りの前のようなキラキラした瞳で俺を見てくれることは、この先もう無いように感じてしまう。

 正直に言って、俺自身リュシーとどんな関係になりたかったのか曖昧な部分はある。


 結婚して、フェーブルの地に骨を埋める……とまでは考えていなかったし、むしろギルドの受付嬢として人気があるリュシーを独占してイチャイチャしたいという下心の方が強かっただろう。

 だが、日本にいたなら大学二年生程度の健康な男なら、その程度の下心を持つのは当然だろう。


「あーぁ……なんで、こんなことになってんのかねぇ……」


 どうやら、フェーブルでの生活は本当に潮時のようだ。

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