第45話 夜半の火事

 夜中に鐘の音で目が覚めた。

 カン、カン、カン……カン、カン、カン……っと断続的に打ち鳴らされる鐘の音は、どこかで火災が起こっていると知らせるものだ。


 火災を知らせる鐘は、フェーブルの街の地区ごとに設置されている。

 今聞こえている鐘の音は、強くなったり弱くなったり、風の流れによって音の大きさが変化しているようで、雉鳩亭がある地区からは離れている気がする。


 フェーブルの街の建物の多くは、石積みの土台の上に木と土を使って作られている。

 ギルドや憲兵隊などの大きな建物は石造りだが、平均的な家は似たような造りだ。


 火災の消火は、水属性の魔法が使える消防士を中心にして行われるが、場合によっては延焼を防ぐために隣接する建物を壊したりもするそうだ。

 鐘の音は遠そうだが、少し気になって部屋を出てみると、屋根裏部屋から降りてきた宿の主ドナートと鉢合わせになった。


「おぅ、マサ、起きちまったのか?」

「ええ、なんだか風が強そうだから気になって……」

「そうだが、火元は街の西みたいだし、今は東風が吹いているから、こっちまで燃え広がることはなさそうだ」

「そうですか、それなら一安心ですね」

「あぁ、もし風向きが変わるようなら起こすから、眠っていて大丈夫だぞ」

「分かりました、それならもう一眠りさせてもらいます」


 雉鳩亭があるのは街の東寄りで、火元が街の西側ならば大丈夫だろう。

 ただ、街の西側には歓楽街がある。


 裏組織の抗争絡みで起こった火災なのかもしれないと思ったら、気になって寝付けなくなってしまった。

 裏組織の連中は、自分達の仲間が傷付けられてたり殺されたりするのを極端に嫌う。


 いわゆる、ナメられたら負けだという考えだ。

 娼館エリーゼの溜息で起こった連続毒殺事件に端を発した組織同士の抗争は、秋祭りの前後で激化していたように感じた。


 そんな状況下で、俺がプーロの構成員を三人消した。

 文字通り、何の手掛かりも残さずに綺麗さっぱり消し去ったのだが、消えたという事実は残る。


 誰がやったのかも重要だが、連中にとっては仲間が消されたのに何もしないのは許されない。

 どうせやったのはサングリーかコンべニオだと、当てずっぽうで報復を行ったとしてもおかしくないのだ。


「やり合うなら、裏の連中だけでやり合ってろよな……」


 プーロの三人を消した張本人が言っても説得力が無いとは思うが、小競り合いをするにしても裏の連中同士の範囲で収めてもらいたい。


「ついでに言うなら、俺にも関係の無い場所でやってくれ……」


 贅沢な注文を口にしながら、鐘の音を頭から追い出して眠りについた。

 翌日は、変な時間に起きてしまったせいで寝不足気味で仕事に出た。


 仕事先の食堂でも、話題は昨晩の火災だった。

 食堂の主カルボニさんは話好きなので、俺が掃除をしている最中も引っ切り無しに話し掛けてきた。


「マサは起きたのか?」

「えぇ、鐘の音で起こされましたよ」

「そうか、ここでも結構うるさかったから俺も起こされちまったぜ。まったく、どこの連中だか知らねぇが迷惑な話だぜ」


 昨晩の火災は、コンべニオが経営する賭博場で起こったらしい。

 火元とか詳しい情報までは伝わっていないようだが、街の人達も組織同士の抗争によるものだと思っているようだ。


「逃げ遅れた者が何人か焼け死んだみたいだから、報復があるんじゃねぇか」

「何軒燃えたんです?」

「全焼したのはコンべニオの賭博場だけで、あとは壁が焦げた程度らしいぞ」

「へぇ、昨晩は結構風吹いてましたよね」

「あぁ、だが燃えた賭博場ってのは高台の崖下に立ってたから、それ以上には燃え広がらなかったみたいだ」

「なるほど……」

「ただよぉ、高台の上はサングリーの連中の建物だったらしくてな、上から放水されたのをコンべニオの連中は小便掛けられたとか言ってるみたいだぜ」

「そんなの延焼を防いでもらっただけじゃないっすか」

「その通りだが、いつもいつも上から見下ろされて根に持ってるらしいぜ」


 まさか本当に高台の上から小便かけられた訳でもないだろうし、火災となればサングリーの連中だって延焼を防ぐのに必死だっただろう。

 肩を持つ訳じゃないが、小便を掛けられたというのは言いがかりも良いところだと思う。


「まぁ、何にしても連中だいぶカリカリしているみたいだからな、マサも下手に首突っ込むんじゃねぇぞ」

「ギルドが全部断ってくれればいいんですけどねぇ……所定の金額よりも上積みされると、受けない訳にはいかなくなるみたいなんすよ」


 依頼主が明らかな犯罪者であれば話は別だが、裏社会の連中のようにグレーゾーンにいる連中からの依頼は受けざるを得ない。

 まぁ、こんな状況だからプーロからの依頼は蹴飛ばしてくれるとは思うが……。


「よし、カルボニさん、終わりましたよ」

「おぉ、どこもかしこもピカピカだ。さすがマサだぜ」

「ありがとうございます」

「これだけ綺麗にしてもらえるなら、依頼料も安いもんだ。マサ、フラっと居なくなったりしないでくれよ」

「ははっ、今のところはそんな気は無いですから大丈夫っすよ」

「そうか、また春頃には頼むと思うから、そん時はよろしくな」

「はい、そんじゃあ依頼完了のサインをお願いします」


 笑ってごまかしたが、今の俺は隙あらば他の街へと逃れたくなっている。

 まぁ、その前には諸々厄介事を片付けてしまうつもりだが……。

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