第44話 揺れる思い
※今回はリュシー目線の話になります。
「今日は、この五件を終わらせてきた」
「お疲れ様でした。はい、確かにサインを確認いたしました。報酬はどうしますか?」
「うん、全額口座に入れておいて」
「はい、かしこまりました」
「明日も残っている仕事を片付けてくるつもりでいる」
「はい……あの、マサさん、先日はありがとうございました」
「いや、俺は何もできなかったし、もう終わったことだから、これ以上話すのはやめよう」
「そう、ですね……」
「じゃあ……」
依頼の清算を終え、背中を向けて去っていくマサさんを引き留める言葉が見つからなかった。
いや、引き留めるべきなのか迷ってしまっている。
今年の秋祭りは、途中まで本当に楽しかった。
フェーブルで生まれ育ち、毎年秋祭りを楽しんできたけれど、マサさんと回った今年の祭りが一番楽しかった。
ガサツな人が多い討伐系の構成員さんたちとは違って、マサさんは紳士的で凄く気遣いのできる人だった。
普段の仕事ぶりからも真面目で有能な人だとは分かっていたけれど、祭りを回っている最中にも無造作に魔法を使っているのには驚かされた。
マサさんは、清浄魔法は大して魔力を使わないから……なんて言っていたが、発動体も使わずにあれほど魔法を連発していたら、普通の人なら魔力切れで倒れているだろう。
お酒を飲んで酔っぱらいながら、それでも魔法を使い続けて平然としている。
しかも、魔法の使い道は街の人達のためのボランティアなのだ。
こんな人は他にはいない、私の運命の人だと思っていた。
あの事件に巻き込まれるまでは……。
王都の伝聞記者レリシアさんと共に、裏社会の連中に拉致されて、思い出すのもおぞましい光景を無理やり見聞きさせられた。
薄暗い廃倉庫で行われたのは、レリシアさんの女性として……いいえ、人間としての尊厳を否定する残虐な行為だった。
助けを呼ぼうにも口を塞がれ、目を背け、耳を塞ごうとしても、見届けなければ同じ目に遭わせると言われて見続けるしかなかった。
死に物狂いで抵抗していたレリシアさんが、暴力と凌辱行為で心を折られ、抵抗する気力すら奪われて生ける屍のようになる一部始終を見させられた。
椅子に拘束されたまま一夜を明かし、迎えに来たマサさんの姿を見た時には、これで家に帰れる、元の生活に戻れると感じて、枯れたと思った涙が溢れてきたのだが……。
歩み寄ってきたマサさんの表情を見て、背筋がぞっとした。
未だに凌辱されているレリシアさんの姿を見ても、全く表情を動かさなかった。
瘦せぎすな裏社会の男と対峙するマサさんの瞳は、感情が抜け落ちてガラス玉のように見えた。
受け答えする声も、抑揚が無く、冷たく感じられた。
この人は、本当にマサさんなのだろうか、良く似た別人ではないのかと思ってしまったほど、マサさんが纏っている雰囲気は普段と違いすぎていた。
裏社会の男達が立ち去った後、マサさんはそれまでの硬く冷たい雰囲気を緩めて私にも清浄魔法を掛けてくれた。
今になって考えてみると、失禁していたのに気付かれたのだと恥ずかしくて顔から火が出そうになるが、その時には恥ずかしいと感じる余裕も無くマサさんの胸に飛び込んで泣きじゃくった。
マサさんは、しっかりと私を抱きしめてくれて、やっぱりいつものマサさんだと思ったのだが……凌辱されたレリシアさんを打ち捨てたまま帰ろうとしたのだ。
下らない好奇心で余計な場所に首を突っ込み、関係の無い私まで巻き込んだのだから自業自得だというマサさんの考えも分からなくはない。
でも、凌辱の一部始終を見てしまった私としては、レリシアさんを残して帰る気にはなれなかった。
マサさんは、仕方がないとばかりに溜息をついた後で、凌辱の舞台となった敷物にも清浄魔法を掛けて、無反応なレリシアさんを包んで担ぎ上げた。
レリシアさんに聞いていた宿へと担ぎ入れ、ギルドの職員であると名乗って、宿の女将さんに真相をボヤかして事情を話し、様子を見ておいてもらえるように頼んでおいた。
宿を出た後、マサさんの腕にすがるようにして家まで送ってもらったのだが、昨日までと同じように腕を組んでいるのに、別人と歩いているように感じてしまった。
あんな状況に遭遇したのだから、私だって普段と同じではないはずだが、マサさんの中に潜んでいる私の知らない一面を恐ろしいと感じてしまっていた。
人間は誰しも、表には出さない醜い、嫌らしい感情を秘めているものだ。
私だって、人には言えない思いや欲望を抱えている。
だから、他人がそうした思いや欲望を抱えていることをとやかく言うつもりは無い。
でも、あの日に垣間見たマサさんは、邪な欲望とは違う、もっと異質なものだと感じてしまった。
マサさんは、すごくいい人だと思う。
でも、この先の一生を共に歩んでいけるのかと考えると、正直迷ってしまっている。
秋祭りで三日続けて同じパートナーと踊れたら結ばれる。
逆に、三日続けて踊れないようなら一緒になっても上手くいかない。
そんな話は迷信だと思っていた。
今年の秋祭りが始まる前は、迷信だけどちょっと信じてもいいかな……なんて思っていた。
今は、その迷信を信じたくないのに、呪いのようにまとわりついている。
私は、私達は、この先どうなってしまうのだろう。
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