第43話 反抗
仕事が半端になっている依頼票を預かっているので、その日はギルドには向かわずに直接店を回った。
ワンドを振るだけでも体のあちこちが痛んだが、俺の掃除は洗剤を使ってゴシゴシやるようなものではないから、特に問題無く仕事を片付けられた。
問題があるとすれば、仕事に行った店全てで、祭りを一緒に回っていた娘とはどうだったと聞かれたことだろう。
実は二日目の晩にプーロの連中に拉致られちゃって上手くいきませんでした……なんて話せるはずもなく、曖昧に話を濁す度に慰められた。
どうやら、祭りで三日とも一緒に踊ったカップルは街公認みたいな感じになるらしく、上手くいった時には周囲に報告して回るものらしい。
そして、上手くいかなかった場合は……今の俺が味わっている感じになるようだ。
秋祭りの苦い思い出を振り払うように、午前中に三件の仕事を片付けて、秋祭りの片づけが終わった教会前の広場で昼飯にした。
ベンチに腰を下ろして、行き付けのパン屋で買ってきた袋を広げる。
「はぁ……秋だねぇ……」
ベンチに寄りかかって見上げた空は、祭りの前よりも高くなったように見えた。
これからフェーブルは冬に向かい、春まで根雪が積もるようになる。
街道を往来している馬車は橇に代わり、雪化粧した街並みは趣があるのだが、当然ながら底冷えがする。
秋祭りで成立したカップルは互いの肌で温め合い、報われなかった者達は寒さに凍えるという訳だ。
「いや、俺の場合はアクシデントだった訳だし、ワンチャン……」
そこまで考えてから首を振る。
いつまでこの街に居るか分からないのに、リュシーとの関係の発展を望むのは間違いだろう。
ギルドマスターのジェルメーヌや憲兵隊のダービッドに、俺が街から逃げ出さないと思わせるためだけにリュシーを利用するようなクズ野郎にはなりたくない。
街を出るつもりならば、リュシーとこれ以上深い仲になるべきではないし、深い仲になるならば、街に残って奴らの犬に成り下がる覚悟を決めるべきだ。
空を見上げて考え事をしながらモソモソとパンを齧っていたせいで、声を掛けられるまでその男の接近に気付かなかった。
「湿気た面してやがるな、掃除屋」
驚いて横を向くと、ヒョロっとしたプーロの男がベンチの隣に腰を下ろすところだった。
「誰のせいで、こんな面してると思ってるんだよ」
「さぁな、王都から来たメスネズミのせいじゃねぇのか? それより、お前うちの若い者どこ行ったか知らねぇか?」
「若い者?」
「頭を剃ってるガタイの良い奴だ」
「はんっ、俺から巻き上げた金で、どこかにしけこんでるんじゃねぇのか?」
「お前から金を巻き上げた?」
「とぼけるなよ、俺を路地裏に引っ張り込んで、ボコって釘を刺して、ついでに金を巻き上げろって、あんたがやらせたんだろう」
服を捲って痣が残っている腕や脇腹を見せると、ヒョロい男は顔を顰めてみせた。
「あの馬鹿ども、勝手なことをしやがって……」
「何だよ、俺は知らなかったとでも言うつもりか?」
「信じてもらえないかもしれねぇが、俺は指示してねぇ」
「だとしても、あんたの舎弟がやらかした事だ、何の責任も無いとは言わせないぞ」
これまでならば、例えボコられてでも黙って従っていたかもしれないが、ギルドと憲兵隊が敵認定した連中に唯々諾々と従っているつもりはない。
「すまねぇ、野郎どもを探し出したらキッチリ詫びを入れさせる」
「俺が黙っているのは、これが最後だ。次に俺や俺の周囲の者に危害を加えるならば、俺の使えるコネを全て使ってでも報復する」
「なんだと手前……」
「俺は掃除の腕を買われて、サングリーやコンベニオの娼館からも専属にならないかと散々誘われている。憲兵隊のダービッドにも貸しを作ってあるからな、俺が犬に成り下がる覚悟さえ決めれば、手を貸してくれるところはいくらでもあるぞ」
俺を少し腕の良い掃除屋程度だと思っていたのか、他の組織や憲兵隊の名前を出すとヒョロい男の顔色が変わった。
虎の威を借りる狐みたいで、こうしたやり方は好きではないのだが、俺自身の能力を隠しておくためには止むを得ない。
「手出ししなけりゃ口をつぐんでいるんだな?」
「舎弟どもに金を持たせて詫びを入れさせに来させるのを忘れるなよ」
「いいだろう、その代わり余計なことを喋ったら、手前も周りの連中もタダじゃおかないからそのつもりでいろ」
ヒョロい男は不機嫌そうに言い捨てると、肩を怒らせながら去っていった。
「ちっ、悪運の強い野郎だ……」
人目の無い暗がりで声を掛けて来たのなら、昨日の連中の後を追わせてやったのに……。
まぁ、俺に詫びを入れさせるために居なくなった舎弟どもを探して無駄足を踏め。
どこを探したところで、舎弟共の痕跡すら見つからないだろうけどな。
舎弟が見つからず、諦めて金を持って謝罪しに来るならば、金だけ貰って消してやろう。
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