第42話 守りたいもの

「うぐぁ……」


 プーロのチンピラどもに絡まれた翌朝、寝返りを打った途端に痛みが走って呻き声が洩れてしまった。

 殴られる前に消しちまえば良かったのだろうが、あの時、袋小路に面した建物の二階の窓際に人がいたのだ。


 部屋には明かりが点いていなかったから姿は見えなかったが、物体認識の能力によって、そこに人がいるのは確認している。

 プーロに関係している人物なのか、全く無関係な人物かは分からないが、それでも袋小路で何が起こっているのか知られたくなかった。


 魔法を発動したのは、少なくとも俺が認識できる範囲内に、俺達以外の人間がいないと確認した後だ。

 袋小路に広がった黒い霧は、光すら飲み込むイメージの清浄魔法によるエフェクトだ。


 俺が消滅の対象と定めて、黒い霧に飲み込まれた物は、跡形も無く消滅する。

 あの時は、チンピラどもを対象として、金以外は全て消えるようにした。


 チンピラ本体は勿論、服も、下着も、靴も、隠し持っていたナイフも綺麗さっぱり消してやった。

 最初に消したのは奴らの声帯で、その後こちらに反撃など仕掛けられないようにしながら、じっくり念入りに消してやった。


 人間が、どの程度の恐怖に耐えられるものなのか知らないが、少なくとも俺自身は絶対に味わいたくない死に方だ。

 ただし、あの魔法は膨大な魔力を使うし、途中で発動を止めると目茶苦茶グロい絵面になるので、一日に使える回数は限られている。


 黒い霧が対象物を飲み込んでしまうので、状況によっては証拠隠滅にもなる。

 ぶっちゃけ目撃者がいる場所で発動させても……。


「消えてしまった? さて、何がですか……」


 みたいな言い訳をしようと思えばできるのだが、幸いなことにそんな見え空いた言い訳は使わずに済んでいる。

 そう、俺はこれまでに何人もの人を消滅させているが、物的証拠は一切残していない。


 現場を目撃されたことも一度も無いはずだ。

 ジェルメーヌが俺を脅すために使っていた言葉も、全ては状況証拠だけだのはずだ。


 救いようの無いクズが世の中から消える、それに前後して俺が街から姿を消している……それだけだ。

 それだけなんだが、こちらの世界は日本とは違う。


 それこそ、物的証拠が何も無くても、権力を振りかざせば有罪にできてしまうのだ。

 それにジェルメーヌは、俺が勇者と一緒に召喚されたモブだと気付いている。


 下手に逆らって国にあること無いことを報告されたら、魔王討伐に駆り出されてしまうかもしれないのだ。

 何の恨みもない魔族と命懸けの戦いをするなんて、真っ平御免だ。


 少なくとも、今の状況ではジェルメーヌに逆らうのは得策ではない。


「はぁ……この街も潮時かな」


 王都を出てから、幾つもの街で暮らしてきたが、街を出ることになった理由は今回と同様だ。

 過去の功績が露見するか、あるいは裏組織の連中に目を付けられるか、いずれにしても居心地が悪くなって街を出てきたのだ。


 今すぐフェーブルを離れるつもりもないけれど、次に移動するとなれば隣国になる。

 勇者パーティーに放り込まれる可能性を考えたら、隣国に移動してしまった方が良いのだろう。


 幸い、ギルドは国を跨いだ組織だそうで、隣国に移動することになったとしても、貯金を全額引き出すような必要は無いはずだ。

 ただし、今回の一件には憲兵隊のダービッドが絡んでいる。


 国境を越えるとなれば、検問を通り抜けなければならないし、ダービッドが手を回していればその場で取り押さえられる恐れがある。

 暫くの間は、ジェルメーヌとダービッドには従順である振りを続けるしかなさそうだ。


「さて、仕方ねぇから起きるか……」


 あちこち打ち身で動くと痛みが走るが、まだ途中の仕事が何軒も残っている。

 依頼票を預かっているから、今日は雉鳩亭からギルドまでの間にある店を回って、報告をして戻ってくることにしよう。


 階段を下りて食堂に向かうと、女将のマリエさんが出迎えてくれた。


「おはようございます、マリエさん」

「大丈夫なの? マサさん」


 マリエさんには、酔っぱらって階段から転げ落ちたというベタな言い訳をしてある。

 言い訳のために、一度清浄魔法を掛けて綺麗にした服を雉鳩亭に戻るまえに汚しておいたので、どうやら信じてくれているようだ。


「だいじょうぶ、マサ」

「だいじょうぶ、マチャ」


 マリエさんの子供ペタンとミネルは、昨晩帰ってきた時にはもう眠っていたが、どうやら俺が転んだと聞いているようだ。


「まだ、あちこち痛いから飛び付くのは勘弁してくれ」

「わかった」

「わかっちゃ」


 小さな子供にまで嘘をつくのは少々心が痛むけど、昨晩俺が何をしてきたのか本当のことを告げる訳にはいかない。

 というか、プーロの連中の魔の手が、雉鳩亭にまで及ぶことはあってはならない。


「はい、マサさん、お待たせ」

「ありがとうございます、おおっ、今朝も美味そうだ」


 ここ雉鳩亭は窓からの景色も良いし、食事も美味い、値段も手頃だから気に入って長期滞在している。

 もし、プーロの連中が雉鳩亭にまで手出しをしてくるならば、その時はジェルメーヌとダービッドを後ろ盾にして、一人残らず消し去ってやる。


「ねぇねぇ、マサ、今日はお話ししてくれる?」

「しちぇくれる?」

「早く帰って来られたらな」

「ほんと?」

「ほんちょ?」

「その代り、マリエさんの言うことを聞いて、良い子にしてるんだぞ」

「わかった! 良い子にしてる」

「しちぇる!」


 ペタンとミルネの頭をワシワシと撫でた後、朝食の残りを食べて仕事に向かうことにした。

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