第41話 黒い霧

 ジェルメーヌの執務室で話し込んでいたせいで、ギルドを出た時にはすっかり日が落ちていた。

 昨日までの秋祭りの余韻なのか、少し浮ついたような、どこか疲れたような空気が漂っている。


 リュシーが職場に復帰するのは嬉しいが、どんな顔をして話をしたら良いのか分からない。

 秋祭りで距離が近付いたと思ったのに、祭りの前より距離ができてしまったようにも感じる。


「はぁ……一杯飲んで帰るかな」


 雉鳩亭のペタンとミルネには悪いけど、今夜はお話しタイムを演じる気分になれない。

 少し考えてから、雉鳩亭とは逆方向へ足を向けた。


 だいぶ片付けられてはいるが、街のあちこちには秋祭りの飾り付けが残されている。

 朝からゴミの収集人が荷馬車を引いて回っていたが、街のあちこちにはまだ回収しきれないゴミが残されていた。


 勿論、そうしたゴミを清浄魔法で片付ける気にもならない。

 もう、何をするのも億劫なのだ。


 飲み屋が集まっているエリアに足を向けてみたが、祭りの間休み無く営業していたからか、多くの店は休業していた。

 営業している店には客が押し掛けていて、本来は店の中のテーブル席だけなのに、店の外に並べた酒樽をテーブル代わりにして立ち飲みさせているほどだ。


「はぁ……やっぱり帰るか」


 そう思って踵を返すと、歩いて来た二人組の男と視線がぶつかった。

 時々、ギルドの裏で清浄魔法を掛けてやってる討伐系の構成員だ。


「あーっ、マサ、手前! 昨日はどこにいやがった」

「まさか、リュシーちゃんとしけこんでたんじゃねぇだろうな!」

「うっせぇよ! 昨日は一日中、一人で宿の部屋で寝てたよ!」

「よっしゃー!」

「振られやがったか、ざまぁ!」

「くそっ、帰る!」

「まぁまぁ、まぁまぁ、そう言わないで一杯やろうぜ!」

「そうそう、モテない同志仲良くしようじゃねぇか」


 雉鳩亭に帰るつもりが、悪い絡み酒に付き合わされる羽目になった。

 まぁ、気分が腐っていたから、下らない馬鹿話は良い気分転換にはなった。


 足元が少し危うくなるまで飲んだ後、ふと思いついて裏路地を選んで歩いていると声を掛けてきた奴がいた。


「よう、掃除屋。ご機嫌じゃねぇか」


 ニヤニヤした笑みを浮かべて立ち塞がったのは、スキンヘッドで筋肉質の男だ。

 こいつは、最初にヒョロっとした男が接触してきた時に、俺が逃げないように監視していた一人で、レリシアの凌辱にも加わっていた。


 チラリと後ろを振り向くと下品な笑いを浮かべて男が二人、こいつらもレリシアを凌辱した奴らだ。


「何か用かい?」

「ちょっと面貸せ」


 あの日のヒョロっとした男のように、スキンヘッドの男は格好をつけて歩き出した。

 裏路地を何度か曲がりながら、最初の時と同じ袋小路の空き地に連れ込まれた。


「兄貴は大丈夫だと言ってるが、俺らは疑り深い性格でな、特に余所者は信じられねぇんだよ」

「なるほど、それ……がはっ、ごぇぇぇ……」


 喋り終える前にスキンヘッドに腹を殴られ、飲んだばかりの酒が喉を逆流してくる。

 両腕で腹を抱えると、後ろから膝の裏を蹴られて転がされた。


「見える部分には手を出すな」

「分かってるよ」

「おら、思い知れ」


 亀のように蹲った俺を裏組織プーロのチンピラ共がサッカーボールのように蹴り始めた。

 腕、背中、太もも、尻……腹を蹴られないように体を丸め、腕に力を入れてガードを固めた。


 いきなり髪の毛を掴まれて顔を上げさせられ、ガードが緩んだ腹を蹴られた。


「ごはっ……何も喋ってねぇ」

「どうだか……なっ!」

「がふぅ……本当に喋ってねぇ……」


 髪の毛を掴まれて立たされ、ガードが緩んだ腹や脇腹を殴られ、太ももを蹴られた。

 骨は折れないでくれ、内臓は傷付かないでくれと祈りながら、ひたすら暴力の嵐が止むのを待った。


 体感的には三十分以上に思えたが、実際には十分も経っていないのだろう。

 チンピラ共が息を切らせたところで暴行は止まった。


「おい、掃除屋。出す物、出せ」


 こいつら、好き放題に殴る蹴るした挙句、金まで奪おうっていうのか。

 打ち身の痛みで震える手で、ポケットから硬貨の入った革袋を取り出して、スキンヘッドの足元に放った。


「おーおー、随分と溜め込んでやがるじゃねぇかよ、余所者のクセしやがって」

「まぁ、俺らが代わりに使ってやるから安心しろ」

「そうだぜ、余所者が溜め込んだ金はフェーブルのために使わないとな」


 好き勝手な事を言いながら、チンピラ共は俺の金を数えて山分けにし始めた。

 ギルド経由の依頼で稼いだ金は殆ど口座から出していないが、ギルドの裏手で討伐帰りの構成員に清浄魔法をかける小銭稼ぎで得た金だけでも、かなりの金額になっている。


 はっきり言って楽して儲けた金だが、お前らに使わせるために稼いだ金じゃねぇ。


「そうだ、掃除屋、手前はフェーブルの女に手ぇ出してんじゃねぇぞ」

「お前は、俺らの使い古しの伝聞記者で十分だろう」

「まぁ、もう壊れちまってるかもしれねぇがな」


 うるせぇよ、馬鹿野郎どもが。

 その手を出すなっていうリュシーは、猿轡噛まされていて、トイレに行きたいとも言えずに粗相しちまってたんだぞ。


 手前らには、フェーブルどころか全世界の女性と関係する資格が無いんだよ。


「よし、行くか」

「ちょっと待て。そういえば、こいつ変わった魔法を使うんだってよ」

「変わった魔法だと?」

「討伐帰りでドロドロに汚れたやつが、こいつに魔法掛けてもらうと服は洗濯したて、体は水浴びした直後みたいに綺麗になるんだと」

「ほぅ、そいつはいいな。おい、掃除屋、お前のせいで余計な汗かいちまったからな、さっさと俺らに魔法を掛けろ」


 あぁ、構わないぜ、願ったり叶ったり、丁度良いタイミングだ。

 震える手でワンドを握り、チンピラ三人に向かって振り下ろした。


「な、なんだ……」


 路地裏の袋小路を満たしたのは、光の粒子ではなく黒い霧だ。

 そこだけ月も星も見えない闇夜が訪れたように、チンピラたちの姿も見えなくなる。


 闇の中から、チャリ、チャリーン……っと硬貨が転がる音が聞こえてくる。

 やがて風に吹かれるように黒い霧が晴れ、袋小路に月明かりが差し込んだ時には、チンピラたちの姿はどこにも無かった。


 俺は痛む体で這いずりながら、袋小路に転がった硬貨を拾い集めて革袋に詰め、自分の体に清浄魔法を掛けてから路地を出た。

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