第40話 汚れ仕事
フェーブルには三つの裏組織が存在している。
一番古く、勢力も大きいサングリー、暴力によって伸し上がろうとしているコンベニオ、娼館や賭博場の売り上げで伸し上がろうとしているプーロの三組織だ。
それぞれの組織が娼館と賭博場を所有していて、それらを中心としつつ後ろ暗いことにも手を染めているらしい。
連続毒殺事件の舞台となった『エリーゼの溜息』は、サングリーが管理している娼館だ。
「例の毒殺事件が起こった時、俺達は真っ先にコンべニオを疑った。殺しによって娼館の評判を落とそうなんて荒っぽいやり方は、コンべニオのらしいと思ったからだ。当然サングリーの連中もコンべニオを疑って掛かり、組織の構成員同志で対立が深まっていった訳だ」
「その言い方だと、コンべニオの仕業ではなかったんですか?」
「あぁ、どうやら違うらしい」
結界が張られていて、誰かに聞かれる心配が要らないから、ダービッドの口はいつも以上に滑らかだ。
「サングリーはコンべニオを疑い、コンべニオは身に覚えが無い……当然、対立している間におかしいと思う連中が出てきて、今度はプーロに疑いの目が向けられる。祭りの前の対立はそんな感じだった。それと、失踪した『エリーゼの溜息』の従業員ロレンシオだが、どうやらプーロの連中と繋がっていたらしい」
「そうなんですか?」
「あぁ、まだ完全に裏は取れていないが、金だろうな」
ダービッドの話によると、毒殺事件の容疑者とみられているロレンシオは、サングリーの施設に盗みに入った所を捕まり、罪滅ぼしの意味で働かされていたらしい。
身分証の類や金を全部取り上げられ、金を返すか年季奉公が終わるまで自由になれない身の上だったようだ。
「いやいや、いくら金を貰っても毒殺事件を起こしたらサングリーから報復の対象になってしまうし、意味無いじゃないですか」
「まぁ、その通りだな。その辺りの詳しい裏は取れていないが、プーロの連中から小遣いを恵んでもらっていたのは確からしい」
たまの休みにも外食を楽しむ程度の金も無い生活をしていれば、金の誘惑に屈してしまう気持ちは分らなくもない。
ただ、それで金をもらって毒殺事件を引き起こすというのは、ちょっと理解しがたいものがある。
「あるいは、サングリーの連中に恨みを持っていて、それを晴らせる良い機会だと思ったのかもしれないな」
「でしたら、事件を起こした後も留まっていないで、さっさと逃げ出せば良かったんじゃないですか?」
俺が『エリーゼの溜息』で毒殺されたミュリエルさんを発見した時、まだロレンシオは娼館に留まっていた。
もしかすると、物置で発見された門番のゴルドの死体を運んだり、靴屋のカシュバルを毒殺したりする予定があったのかもしれないが、それにしても手際が悪いように感じる。
「まぁ、プーロの連中は、最初からロレンシオを使い潰すつもりだったのだろうしな」
「そうなんですか?」
「マサは知らないかもしれないが、プーロの連中には一つの特徴がある」
「特徴……ですか?」
「あぁ、プーロの構成員は全員がフェーブルの出身者で占められていて、街の外から来た人間に対して酷く排他的だ」
「ロレンシオはフェーブル出身じゃないんですね?」
「そうだ、奴は外からの流れ者だから、プーロの連中からすれば余所者だ」
「もしかして、レリシアがあんな目に遭ったのは王都の伝聞記者だったからですか?」
「さぁな、単に腹を探られたくなかったのかもしれないし、余所者だから過剰に反応したのかもしれないし、そこらは分からんな」
どうやら、毒殺事件から続く一連の流れは、プーロがサングリーの勢力を脅かすためのものらしいが、正直俺には全く関係の無い話だ。
勢力争いをしたけりゃ勝手にやれば良いし、関係の無い者を巻き込まないでもらいたい。
「そこまで分かっているならば、別に俺に確認しなくても良いですよね」
「まぁ、そうだな……」
そう言うと、ダービッドはジェルメーヌに視線を向けた。
「マサユキさん、私たちは貴方の掃除屋としての腕前に期待しているの」
ジェルメーヌの微笑みには含みがあるように感じられる。
「それは、掃除の仕事で組織の施設に出入りした時に、内部を探って来いということでしょうか?」
「そうね、そういう働きもできるわね。でも、私たちが期待しているのは、そんなことではないのよ」
今度こそ、ハッキリと背中に悪寒が走った。
「どういう意味でしょうか?」
「心配は要らないわ、結界を張っているし、私もダービッドさんも、ここで聞いたことを他に洩らすつもりは無いのよ」
「おっしゃる意味が良く分からないのですが……」
「マサユキさんは、ここフェーブルに来るまでに幾つもの街を転々としてらっしゃるわよね。まるで王都から逃げるよう……いえ、離れると言った方が良いのかしら?」
「住みよい街を探しているだけですよ」
「あら、それでは、これまで暮らしてきた街は住みづらかったのかしら?」
「まぁ、そうなりますね」
「街の嫌われ者が、原因不明の失踪をしても……?」
「何の話でしょう?」
極力平静を装っているつもりだが、背中を冷や汗の雫が伝って落ちている。
「もう一度言うわね。ここでの話は他に漏らすつもりは無いわ。例えば、魔王討伐なんて下らない事に躍起になってる連中とか、そのために違う世界から人を引き抜こうなんて考えてる連中ね」
「俺に何をしろと……?」
「あら、掃除屋さんに頼むのは掃除に決まってるけど、依頼ではないのよ」
そう言うとジェルメーヌはダービッドに視線を向けた。
「マサ、掃除していいぞ。憲兵隊が、お前を捕らえることはないから安心しろ」
「はぁぁ……何すか、それって俺にタダ働きしろってことですか?」
「まぁ、そう言うな。祭りの間だって、あちこち掃除してたんだろう?」
「あれは、ちょっといいところ見せようって下心もあったから」
「そのいいところ見せようとした女が、あんな目に遭わされて黙ってるのか?」
「くそっ、やり口が汚ねぇ……」
「何とでも言え、俺らは街のゴミを後腐れなく綺麗に片付けられるなら、どんな手段だって使う。まぁ、報酬については考えてやるよ」
殺傷与奪の権利は握っていると匂わせて、汚れ仕事を押し付けるとは、全くやり方が汚い。
これだから権力を握ってる連中には近付きたくないんだ。
「それで……俺にどのゴミを片付けろって言うんです?」
「目についたゴミだけで構わん。それで分からない連中ならば、また考える」
「期限は?」
「特に設けない、気付いた時、目に付いた時に片付けてくれれば良い」
「報告は?」
「必要無い」
「はぁぁ……分かりました」
「期待してるぜ、マサ」
「よろしくお願いしますね、マサユキさん。そうそう、レリシアはカペルを付き添わせて王都へ戻すことにしたわ。リュシーも明日には出て来られるはずよ」
「そうですか……」
ジェルメーヌがポンと手を叩くと、街のざわめきが戻ってきた。
結界は解いたから、帰っていいと言うことなのだろう。
言われるまでもなく、古狸や妖怪婆ぁと仲良く会話を楽しむつもりはない。
早々に席を立って、振り返ることもなくジェルメーヌの執務室を後にした。
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