第39話 呼び出し
秋祭りの翌日、昨夜半から降った雨が通り過ぎ、秋の深まりを感じさせる肌寒い風が吹いていた。
街はいつもの日常を取り戻し……ているはずもなく、三日間に渡った祭りの後片付けから一日が始まっていた。
俺が宿泊している雉鳩亭も、あちこち酷い有様だったが、清浄魔法で綺麗にしておいた。
ギルドに向かう道筋でも、目に余るところは掃除しておいたが、これは単に俺が不快に感じるからで、ボランティア精神で掃除している訳ではない。
朝のギルドは、平日とは思えないほど閑散としていた。
昨夜も遅くまで祭りの騒ぎが続いていたし、普段通りに動き出している奴の方が少数派のようだ。
そして、受付にリュシーの姿は無かった。
まぁ、あんな経験をして普段通りに仕事が出来るはずもない。
とは言え、俺の仕事の管理はリュシーに任せてしまっている。
秋祭りの前に入った大量の依頼をこなすために、客席だけ先に掃除した飲食店が二十軒ぐらいあるはずだ。
今日からは、その飲食店の厨房部分を掃除して依頼を終わらせないと報酬が受け取れない。
さて、どうしたものかと考えていると、受付嬢のお局様的存在であるデリアに手招きされた。
「災難だったみたいね」
「えぇ、まぁ……」
「リュシーは暫く休むかもしれないから、仕事の件は私が引き継ぐわ」
「助かります。今日は、回っても作業出来るか微妙ですし、半端の依頼票を預かっていって、作業した奴から戻すようにしますよ」
「そうね。その方が助かるわ」
「じゃあ……」
デリアから途中になっている依頼票の束を受け取ってザックリと目を通し、街のエリアごとに仕分けした。
「んー……とりあえず、南からグルっと回ってみるか」
街全体が祭りの気分から抜け出せていないので、店を訪ねても今日は休みで誰もいない可能性もある。
かと言って、じっとしていても気分が落ち込むばかりなので、無駄足覚悟で街を歩いてみた。
案の定、声を掛けても返事の無い店が多く、この日作業が出来たのは二軒だけだった。
気分も乗らないので、三時の鐘が鳴る頃にはギルドに戻り、今日の分の清算を済ませたら帰るつもりでいたのだが、またデリアに手招きされた。
「今日は、この二軒だけでした。残りの受注票、預かっていてもいいですか?」
「控えがあるから構わないわよ。今日の分の報酬はどうする?」
「んー……口座に積んでおいて下さい」
「了解」
「じゃあ……」
「あっ、ちょっと待って!」
背中を向けて帰ろうとしたら、デリアに呼び止められた。
「ギルドマスターが呼んでるわ。二階の執務室に行って、ノックして声を掛けて」
「えぇぇ……偉いさんと会うのは苦手なんですけど……」
「グダグダ言わない、あんな事があったんだから説明を求められるのは当然でしょ」
「まぁ、そうですけど……はぁぁ、分かりました」
「階段を上がって、右手の一番奥の部屋よ」
仕方なく、重たい足取りで出口ではなく階段へと向かう。
そう言えば、フェーブルのギルドマスターってどんな人物なんだろうか。
極力偉い人とは関わりを持たないようにしているので、まだ会ったことも見たことも無い。
二階に上がり、廊下を歩いてドアの前まで辿り着くまで誰とも出会わなかったのだが、ノックをする前に中から声が聞こえた。
「どうぞ、お入りなさい」
ギルドマスターというと、元冒険者のいかついオッサンとか、官僚タイプの嫌味メガネとかを想像していたのだが、聞えてきた声は年配の女性のようだった。
「失礼します……って、ダービッドさん?」
「よう、災難だったな」
ドアを開けた向こう側、広い執務室に置かれた応接用の椅子には、憲兵隊のダービッドの姿があった。
そして、ダービッドとテーブルを挟んで向かい合っているのは、品の良いお婆さんという感じの小柄な女性だった。
「マサユキさん、どうぞこちらにお掛けになって」
ギルドマスターらしき女性は、ダービッドの隣りに座るように促してきた。
「はぁ……失礼します」
ぶっちゃけ、ダービッドの隣なんかに座りたくないのだが、ギルドマスターからは言い知れぬ圧のようなものを感じる。
別に何の威圧もされている訳でもないし、むしろニコニコと笑みを浮かべているのだが、目の奥が笑っていないように感じるのだ。
「初めましてになるわね。私がフェーブルギルドのギルドマスターを務めていますジェルメーヌよ。お噂は耳にしているわ」
「どうも……マサユキです」
俺が軽く頭を下げると、ギルドマスターのジェルメーヌはポンと小さく手を叩いた。
その瞬間、周囲の空気が変わったのが分かった。
それまで聞えていた建物の外からの雑音が一切消えて、耳が痛くなるような静寂が訪れたのだ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。ちょっと他の人には話を聞かれたくないから、結界みたいなものを張っただけだから」
窓を閉めただけよ……みたいな感じで話しているが、たぶん恐ろしく強力な結界だ。
ギルド・マスターに呼び出されて、ダービッドがいて、結界まで張られた……嫌な予感しかしない。
「それで、俺に何の用でしょうか?」
「わざわざ言うまでもないと思うけど、一昨日の夜から昨日の朝までの出来事についての話よ」
「すいませんでした。俺が目を離した隙にリュシーを連れ去られてしまって……」
「あらあら、マサユキさんが謝る必要なんか無いわよ。貴方には何の非も無いんですから」
「ですが、リュシーに怖い思いをさせてしまいました」
「そうね、でもそれも全部、奴らの責任よね……」
ジェルメーヌが声のトーンを落としただけで、部屋の空気がズンっと重たくなった気がした。
「奴らは、連れ去っても無傷で帰せば問題無いだろう……なんて思っているみたいですけど、それは大間違いよ。裏社会の者同士ならば殴り合いをしようが、殺し合いをしようが知ったことではないわ。でもね、うちの職員の自由を奪った時点で駄目なのよ。ましてや、罪もない女性が凌辱される姿を無理やり見聞きさせるなんて言語道断よ。ねっ、そうでしょ、ダービッドさん」
「ふぅ……おっかねぇから、少し魔力を抑えてくれ」
強面のダービッドが冷や汗を浮かべているのも当然で、俺なんか歯を食いしばっていないと漏らしそうだ。
この上下左右、全方向から圧し掛かってくる圧力のようなものは、どうやらジェルメーヌの魔力らしい。
「あら、私としたことが、ごめんなさいね」
ジェルメーヌがカラリと微笑むと圧力が緩んで、思わず大きく息を吐いてしまった。
「マサ、聞いての通り、ギルドは連中を敵と認定した。当然俺達も動くし、奴らの出方次第では戦争になるかもしれん」
「あらあら、戦争になんかなりませんよ。一方的に叩き潰すだけ……」
「やめてくれ! あんたの叩き潰すは、文字通り目に見える形での叩き潰すなんだから、あくまでも最後の手段だ」
「まぁ失礼ね。建物までは潰さないようにするわよ」
ということは、やる気になったら建物ごと物理的に潰せるってことだろう。
どうやらギルドの奥には、とんでもない怪物が潜んでいたようだ。
「それでな、マサ。こいつは確認なんだが、リュシーを攫ったのはどこの連中だ?」
なるほど、結界まで張っているんだから正直に話せということなのだろう。
「リュシーを攫ったのは、プーロの連中です」
俺の言葉を聞いてダービッドは満足気に頷き、またジェルメーヌの圧が少し上がった気がした。
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