第38話 下された制裁

 右手で杖を突き、おぼつかない足取りで歩く爺さんは、ちょっと裏組織の関係者には思えなかった。

 近所の爺さんがラジオ体操……じゃないにしても、単に朝の散歩をしているのかと思ったが、ヨロヨロしながらも真っすぐ俺の方へと歩み寄ってくる。


 爺さんは俺の前で足を止めると、じっと視線を向けてきた。


「ふぅ……あんたが掃除屋かい?」

「リュシーはどこだ?」

「ふぁ、なんだって? わしゃ、耳が良く聞こえない……ほれ、これを渡せとさ」


 爺さんは左の耳を俺に向けながら、少し調子の外れた大きな声で話すと、ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。


「悪かったな……」

「ふぁ、なんだって?」

「使いの、駄賃だ!」


 紙切れを受け取る代わりに銀貨を二枚差し出すと、爺さんは前歯が三本ぐらいしか残っていない口を開けてニタリと笑ってみせた。

 銀貨を受け取った爺さんは、仕事は終わりだとばかりにヨロヨロと歩み去っていった。


 受け取った紙切れを開くと地図が描かれていて、ご丁寧に一人で来いと書き添えてある。

 ざっくりとした地図だが、どうやら街の南西にある倉庫街の一角のようだ。


 指定された道順通りに歩いていくと、どこからか見られているような気がした。

 考えすぎなのかもしれないが、実際にどこかの建物から監視している可能性もある。


 今日は秋祭りの最終日で、冬の妖精に扮したパレードが行われると聞いている。

 夜明けの鐘が鳴って街が目覚め始めている気配がしていたが、住宅街を抜けると人の気配は薄れていった。


 フェーブルは交易の中継地として栄えてきた歴史があり、街には多くの倉庫がある。

 新しい大きな倉庫が建てられる一方で、新しい倉庫が出来たおかげで奥まった場所になり、使われなくなった倉庫もあるようだ。


 地図に描かれていたのは、そうした使われていない倉庫の一つのようだ。

 指定された倉庫の外には、例のヒョロっとした人相の悪い男が立っていた。


「随分とゆっくりだったな、掃除屋」

「そいつは使いの爺さんに言ってくれ」

「ははっ、なるほどな……」


 ぎぃっと耳障りな音を立てるドアを開け、倉庫に入った男が声を張り上げた。


「お前ら、遊びは終わりだ。先に帰ってろ!」


 男の後に続いて入った倉庫の中には、酷い臭いが籠っていた。

 長い間使われていなかった倉庫特有のカビと埃の臭いに、娼館の掃除の時に嗅ぐ牡と牝の体液の臭いが混ざり合っている。


 リュシーは壁際に置かれた椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされていた。

 その足元に広げられた敷物から体格の良い男が四人、のそのそと起き上がって脱ぎ棄てていた服を着込み始めていた。


「バエス! いつまでやってんだ、この野郎!」

「もうちょい、もう、もう、うぅぅぅ……」


 先に身支度を始めた男に罵られながら、腰を振っていた五人目の男は、呻き声を上げて体を震わすと、体を起こしていそいそと帰り支度を始めた。

 敷物の上に取り残されたレリシアは、バエスが腰を振っている間も全く反応を見せなかった。


 剥き出しにされた胸の膨らみが、僅かに上下しているから生物学的には生きているのだろうが、精神的には死んだも同然だろう。


「心配すんな、受付嬢には手を出しちゃいねぇ。ギルドを敵に回す気はねぇからな。何か説明が要るか?」

「いや……必要ない」

「そうだ、よく考えて立ち回れ」

「あぁ……」


 そんな忠告されなくとも、余計な事に首を突っ込めばロクな事にならないのは、召喚された頃から嫌というほど味わってきた。

 ちょっと良い生活するために仕事で腕を振るっても、変な好奇心に釣られて行動すれば、質の悪い連中に目をつけられるなんて言われるまでもない。


 今回だって、毒殺事件の発見者にはなったが、憲兵隊からの依頼以上に首を突っ込んで、俺が事件を解決してやる……などと意気込んだりしなかった。

 誰から何を聞かれても、知らぬ、存ぜぬ、話せませんで通してきたのだ。


 レリシアを凌辱した男達が、身支度を終えて倉庫を出て行くと、ヒョロっとした人相の悪い男が俺を指差した。


「変な気を起こすなよ……」


 俺が頷き返すと、男は背中を向けて歩み去っていった。

 男が倉庫を出るのを見送った後、リュシーとレリシアに清浄魔法を掛けた。


「クリーニング」


 金色の粒子が消えたところでロープを解くと、リュシーは俺の胸に飛び込んできた。


「マサさん、私、何も出来なかった……」

「いいんだ、リュシーは何も悪くない」

「私、私……うあぁぁぁ……」


 泣きじゃくるリュシーを抱き締めながら、大の字に横たわったまま動かないレリシアに目を向けた。

 体についた汚れは消えたが、殴られて別人のようになった顔はそのままだ。


 体のあちこちにも、殴られたり、掴まれたり、絞められてり、齧られた跡が残されている。

 開かれたままの両脚の間からは、出血が続いているようだ。


 改めてリュシーから話を聞くまでもなく、五人掛かりで壮絶な凌辱行為が行われたのだろう。

 殺して遺体を処分しなかったのは、王都の伝聞社に対する警告なのだろうか。


 凌辱された記憶を消してやりたいところだが、記憶を消去したところで体の状態は戻せない。

 それに、記憶を消すのにも限界があるのだ。


 直前数分程度ならば大丈夫だが、それ以上長時間の記憶を消そうとすると脳に異常をきたすらしい。

 以前別の街で、追い剥ぎ相手に実験したことがあるのだが、長時間の記憶を消そうとすると今のレリシアのように無反応な廃人になってしまった。


 完全な廃人になってしまった方が幸せなのかもしれないが、立ち直る余地を残しておいた方が良いようにも感じる。

 まぁ、いずれにしても、そこまで世話を焼いてやる義理も無い。


 清浄魔法も掛けてやったし、レリシアはこのまま捨てて帰ろうかと思ったのだが、リュシーに頼み込まれて宿まで担いで行くことになった。

 クリーニングした敷物に包んで、簀巻きのような形で担いで移動したのだが、昨日の祭りのせいで、道端で寝込んでいた連中がゴロゴロいたから悪目立ちせずに済んだ。


 精神的なショックが大きすぎたリュシーは、家まで送ると崩れ落ちるように寝込んでしまった。

 秋祭りの間、毎晩行われるダンスパーティーで、三日とも一緒に踊った男女は結ばれると言われている。


 逆に、一緒に踊れなかった男女は……どうなっちゃうのかねぇ。

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