第37話 不安な一夜

 リュシーちゃんとレリシアが連れ去られたのは間違いないが、どう対処すべきなのか頭が回らない。

 こんな状況なのに落ち着いているカペルに腹が立って口調が荒くなる。


「どうすんだよ!」

「落ち着け、マサ。リュシーは大丈夫だ」

「何でそう言い切れる!」

「リュシーはギルドの職員だからだ。どこの組織が絡んでいるか分からないけど、ギルドを敵に回す行為はしない」


 カペルが言う通り、フェーブルだけでなく他の街でもギルドの職員に危害を加える組織は無い。

 ギルドを敵に回すという事は、そこに関わりのある構成員や依頼を出している商会なども敵に回してしまうからだ。


「くそっ、だからあんな記者に関わるのは嫌だったんだ! カペルもカペルだ、なんであんな女に関わってんだよ」

「まぁ、そう言われても仕方ないけど……やっぱフェーブルの街に来てくれた人間が、悲惨な思いをするのは避けたいと思うだろう」


 フェーブルで生まれ育ったカペルは、人一倍街への愛着があるようだ。

 そうだとしても、世間知らずな行動で墓穴を掘っている女まで面倒見るのは、お人好しにも程があると思ってしまう。


「しゃーねぇ、ダービッドさんに力を貸してもらうか……」

「馬鹿、やめろ! 憲兵隊になんて頼ったら余計に話がこじれるだけだ」

「だったら、どうしろってんだよ!」

「このまま帰る」

「はぁ? そんな事できる訳ねぇだろう。ぶっとばすぞ、この野郎!」

「落ち着け、こんな人の目の多いところじゃ奴らは接触して来ない。俺かマサ、どちらかが一人になったところで何らかの接触をしてくるはずだ」


 確かに、人気のあるところで騒ぎになるのは、奴らにとっても好ましい状況ではないだろう。


「接触してきたら、どうすんだ」

「まぁ、基本的に奴らの言う通りに行動するしかないだろうな」

「それでどうにかなるのかよ」

「恐らく、リュシーについては問題無いはずだ」

「レリシアは?」

「さぁな、生きていればめっけもの……いや、死んだ方がマシだと思わされてるか、もうどこに行ったか分からなくなっているか、いずれにしても余計な事はするな」

「はぁぁ……せっかくの秋祭りだってのによぉ、この祭りのために、どんだけ働いたと思ってんだよ」

「悪いな、俺のわがままのせいで迷惑掛けちまって」

「まったくだ。当分の間、お前には清浄魔法を使ってやらねぇからな」

「そりゃねぇだろう」

「うっせぇ、反省しろ!」


 苛立ちと不安を込めて、カペルの胸板を殴りつけて背中を向ける。

 裏社会の連中が関わっているならば、娼館がある地域に足を向けるべきなのかもしれないが、祭りの時期には最初から出会いを諦めた連中が押し掛けるので混雑している。


 普段とは人の流れが変わっているので、なかなか人目につかない場所が見つからない。

 ふと思いついて、ちょっと前に裏組織の連中が接触してきた路地に入ってみた。


 祭りが開催されている影響で、他の路地には酔っぱらいやイチャつくカップルの姿があったが、そこだけは空白が出来たように人の気配が無かった。

 他の裏路地には明かりが灯されているのに、そこだけは闇に沈んでいる。


 気は進まなかったが、覚悟を決めて路地の暗闇に足を踏み入れた。

 コツコツと石畳を踏む自分の足音を聞きながら歩を進めると、路地の先でポッと火が灯った。


 壁にもたれていた人物が、紙巻タバコに魔道具で火を着けたようだ。

 ふーっと煙を吐き出すと、男は壁から背中を離してこちらに向き直った。


「余計な事には首を突っ込むなと言ったはずだぞ」

「向こうから勝手にまとわり着いてきただけだ。俺からは何も話してない。それよりリュシーは無事なんだろうな」

「心配すんな、ギルドの受付嬢に危害を加えるほど馬鹿じゃねぇ」

「明日、夜明けの鐘が鳴る時間に、この紙に書かれた場所に一人で来い。官憲やギルドに知らせらたお前の望まぬ結果になるからそのつもりでいろ」

「分かった……」


 男は俺にメモを手渡すと、歓楽街がある方向へと歩み去っていった。

 声で気付いていたが、前回ここで絡んできた三人組の兄貴分だ。


 尾行してやろうかと思ったが、相手もその程度の事は考えているだろうし、俺が下手を打ってリュシーちゃんに危害を加えられたら元も子もない。

 男とは反対の方向へと歩いて路地を抜け、明かりの下でメモを開いてみると、指定された場所は歓楽街に近い公園だった。


 祭りが開催されている中で、今から公園に行ったところで酔っぱらいに絡まれるのが関の山だろう。

 雉鳩亭に戻って、体に清浄魔法を掛けてから着替え、少し眠っておこうと考えたが、一向に眠気が襲って来なかった。


 危害は加えられていないとしても、柄の悪い連中に囲まれて好奇の視線に晒されているのは間違いないだろう。

 どれだけ不安で、どれだけ心細いことか。


 リュシーちゃんの気持ちを考えると、ノンビリ眠っているどころではない。

 結局一睡もできないまま、抜け出すように雉鳩亭を出て、指定された公園へと向かった。


 夜明け前のフェーブルの街は、死屍累々といった有り様になっていた。

 酒樽、酒瓶、テーブル、椅子、酔っぱらい、食べ残した料理、吐瀉物、排泄物。


 色々なものが放置されて、見た目も臭いも酷い状態だ。

 昨日の夕方までの俺ならば、片っ端から清浄魔法を掛けたいただろうが、今はそんな余裕は無い。


 この後の状況次第だが、強力な魔法を使うかもしれないから魔力は温存しておきたい。

 指定された公園の入り口に到着したが、まだ時間前だからか人の姿は無い。


 昨日一晩、リュシーちゃんはどれほど不安な一夜を過ごした事だろう。

 攫っていった裏組織の連中に対して、怒りが沸々と湧き上がってくるのを何度も深呼吸して抑え込む。


 どこから奴らが現れるのか分からないので、何度も周囲を見渡したが、それらしい人影は現れない。

 やがて夜明けの鐘が鳴り、ようやく現れたのは腰の曲がった爺さんだった。

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