第36話 邪魔者

 せっかく広場まで辿り着いたのだが、神酒の仕込みは見物できそうもないし、もう飲むのも食うのも限界だったので、一度離れて休憩することにした。

 どこか良い場所は無いかとウロウロしていると、広場から五分ほど歩いたところに公園を見つけた。


 といっても、ここも宴会の会場となっていて、知り合い同士で持ち寄った料理をツマミに酒を酌み交わしているグループや、宴会後に散らかしたままになっている場所ばかりだった。


「おぅ、ここの芝生が良い感じじゃん……クリーニング」


 まるで上野公園の花見の後のようにゴミが散乱していた場所も、清浄魔法を掛ければ綺麗に片付いた。


「リュシーちゃん、ここでちょっと休憩しよう」

「んー……いいですね、一緒にお昼寝しましょう……」


 ちゃんと分かってるんだか怪しいぐらい酔っぱらっているリュシーちゃんを芝生に横たえて、俺も隣に寝転んだ。

 青空からは太陽が照りつけているが、涼しい秋風が心地良い。


 リュシーちゃんは、俺の左腕を抱え込んだままスースーと寝息を立て始めた。

 俺まで寝込んだら不味いと思いつつ、めちゃくちゃ幸せな状況には抗えずに眠りに落ちてしまった。


 午後の鐘で一度目を覚ましたけど二度寝してしまい、目が覚めたのは日が傾き始めた頃だった。

 結構ガッチリ眠ってしまったが、おかげで頭がスッキリしている。


「ごめんなさい、マサさん。すっかり眠り込んじゃいました」

「いいや、俺も寝込んでたから一緒だよ」

「ここって……」

「広場から少し西に入った辺りだよ。そろそろ広場に行こうか?」

「はい、そうしましょう」


 公園から広場に向かうと、道のあちこちで眠り込んでる人の姿があった。

 まだ夜中も凍死するほど冷え込まないが、それでも朝まで寝込んでいたら確実に風邪をひきそうだ。


 おっさんならまだ良いけど、寝込んでいる中には若い女性の姿もある。


「大丈夫かな、事件に巻き込まれたりしないのかな」

「大丈夫ですよ。寝た振りして男性から声を掛けてもらうのを待ってる人もいますから」

「えっ、マジで?」

「はい、本当ですよ」


 リュシーちゃんの話によれば、行き遅れたり男性に縁が無い女性が、出会いを求めるために酔いつぶれている振りをする事があるそうだ。

 下心丸出しの男性に声を掛けられた時は酒乱の振りして追い払い、親切そうな男性の場合にはそのまま酔った振りして身を任せたりするそうだ。


「だから、親切に声を掛ける必要はありませんからね」

「分かった……」


 俺の腕を抱える手にギュっと力を込めて来るリュシーちゃんに頷き返した。

 てか、計算ずくの酔いつぶれた振りとか、えげつないにも程があんだろう。


 リュシーちゃんが一緒じゃなかったら、引っ掛かってた自信があるぞ。

 広場に戻ると、昨日と同じく楽器が鳴らされてダンスが始まっていたが、足取りが怪しい連中が目立つ。


 踊りながら足がもつれて転んだり、ペア同士がぶつかりあって尻もちをついたりしている。

 ただ、そんな時でも喧嘩にはならず、殆どの人がゲラゲラ笑い転げている。


 みんな酔っぱらいだけど、陽気に笑っている者ばかりなのが救いだ。


「俺達も踊ろうか」

「はい」


 リュシーちゃんの手を取って、俺達も踊りの輪に加わる。

 フェーブルのダンスは、フォークダンスと社交ダンスの中間という感じで、簡単な振り付けの繰り返しで延々踊り続けるものだ。


 結構密着度が高く、最初はドキドキして心臓が飛び出しそうになったが、二日目にもなれば少しは慣れた。

 フォークダンスや西洋の舞踏会と違って、フェーブルのダンスパーティーではパートナーは基本的に交代しない。


 交代を告げられることは、二日間一緒に祭りを楽しんだけど、やっぱり貴方とは合わないと宣言されているようなものだ。

 広場のあちこちで、自棄酒を煽る男女の姿が見受けられ、そうした連中はパートナーからお断りされた人達のようだ。


 互いの気持ちを確かめ合うように踊る男女の外側で、悲嘆の涙にくれる者もいる、何ともカオスな状況になってきた。

 そんな状況の中でも、一緒に踊り続けることこそが、互いの愛情を確かめ合う手段なのかもしれない。


「少し休もうか?」

「そうですね」


 踊っては休み、踊っては休みを繰り返していると、やはり周囲の状況が気になってくる。

 踊っている最中もそうだが、休んでいる間にも男は気持ちを確かめられているらしい。


 他の女性に色目を使っていないか、性的な欲求に囚われていないかなど、パートナーの女性から値踏みされるそうだ。

 この話は事前に知っていたので、広場に着いてからは気恥ずかしかったが、極力リュシーちゃんを見つめているようにした。


 おかげでリュシーちゃんはご機嫌なのだが、奴らの接近に気付くのが遅れてしまった。


「あー、いたいた!」

「げぇ!」

「失礼な! この超絶美人記者を捕まえて、げぇとは何よ、げぇとは!」

「なに言ってやがる、恩を仇で返すような奴が失礼とかぬかすな」


 声を掛けてきたのは王都の伝聞記者だというレリシアで、カペルの腕を抱えている。


「別にあんた自身に興味なんて無いから心配しなくていいわよ。この通り、カペルと一緒に回ってるんだから」

「えー……カペルがそんな悪趣味だったとは知らなかった」

「あんた本当に失礼ね。カペル、ちょっと言ってやってよ」

「大丈夫だぞ。マサが心配するような事は一切無いからな。俺は、わざわざ王都から取材に来た人間に無事に帰ってもらって、フェーブルの魅力を伝えてもらいたいだけだからな」

「そりゃまた御苦労さんなこって、カペルはマジで世話好きだよな」

「それを言うならマサだって、祭りの間あちこちにタダで清浄魔法を掛けまくってるって聞いたぞ」

「あれは目障りな汚れを消してるだけだよ」

「物は言い様だな。まぁ、そういう事にしておくか」


 俺とカペルが話をしている間に、レリシアはリュシーちゃんに絡んでいた。


「ねぇ、あなたギルドの受付の人よね? お祭りについて話を聞かせてよ」

「えっ、私そんなに詳しくないですよ」

「別にそんなに警戒しなくても大丈夫よ。ギルドとお祭りの関係とか聞かせてくれるだけでいいから」

「こいつ、リュシーちゃんに絡んでるんじゃねぇよ」

「うるさいわねぇ……ちゃんとした取材なんだからいいでしょ。旅行記の質が上がれば観光客だって増えて街も潤うのよ」


 街のためだと言えば、リュシーちゃんが断りにくいのを分かっているのがムカつく。


「まぁまぁ、話が逸れたら俺が止めるからさ」

「はぁ……カペル、酒もらってくるから、ここから動くんじゃねぇぞ」

「あいよ」


 結局、レリシアのせいでリュシーちゃんとの二人の時間は邪魔されてしまった。

 しかも、レリシアとリュシーちゃんは二人で連れだってトイレに行った後、いつまで待っても戻って来なかった。

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