第35話 人望

 一体どこから話が広まっているのだろうか、リュシーちゃんと秋祭りを楽しもうとする俺の所に、酒樽とジョッキを携えた討伐系構成員が次々に現れる。

 リュシーちゃんと祭りを楽しみたかったら俺を倒してから行け……みたいなノリなのだが、生憎と俺は酒は強くない。


 酒に清浄魔法をかけてアルコール分を消してしまう……なんて裏技も可能だったりするのだが、例えノンアルコールにしても何杯も飲み続けられる訳ではない。

 なので、ちょちょいと清浄魔法を使って向かって来る連中を腰砕けにさせて置き去りにしている。


 片耳の三半規管から、リンパ液をほんの少し消し飛ばしてやると平衡感覚が狂い、眩暈を感じて立てなくなるのだ。

 まだ日本にいた頃に読んでいた、有名な格闘漫画の技を参考にして、悪党を実験道具にして精度を上げてきた技だ。


 まぁ、消しているリンパ液は微量なので、二、三時間もすれば元に戻るはずだ。

 精度は要求されるけど、使う魔力は微量で済むし、その割には効果が高いので使い勝手が良い。


 これで邪魔者は全て排除して、心置きなくリュシーちゃんと祭りを楽しむ……という訳にはいかなかった。

 お邪魔虫な討伐系構成員は排除すれば良いが、日頃掃除の依頼を貰っているお得意さんから勧められる酒は断りにくい。


 普段の日なら、まだ依頼が残っているとか言って断れるが、朝から飲んでも怒られない祭りの日では、その手の言い訳は通用しない。

 新酒のエールやブドウ酒に、フェーブルの名物でもあるチーズを使った料理やデザートが加わって、美味いんだけど胃に重い。


 てか、リュシーちゃん、お酒強くないかい。

 俺よりも飲んでる気がするんだけど……。


「マサしゃん……楽しいれすねぇ……」


 おっと、ちょっと呂律が怪しくなってるリュシーちゃんの破壊力が、ハンパ無くて尊死しそうだよ。


「楽しいね。やっと広場に辿り着いたけど、神酒の仕込みが行われるんだっけ?」

「あー……あれは見なくても大丈夫です」

「えっ、そうなの?」

「そうなんです。ただブドウ酒をを仕込むだけですから」


 神酒の仕込みの話をした途端、スンって感じでリュシーちゃんのテンションが下がった。

 だが、リュシーちゃんのテンションとは対照的に、神酒の仕込みが行われているエリアでは歓声が上がって盛り上がりを見せている。


 ただし、黄色い歓声ではなくて野太い野郎の歓声だ。


「えっと、今年の乙女が収穫したブドウを踏んで絞るんだっけ?」

「そうです、ただそれだけですから、見ても面白くないですよ。それよりも、あっちに美味しそうな屋台があるから行ってみましょうよ。それとも、そんなに今年の乙女が見たいんですか?」

「い、いやぁ……いいよね屋台、食べ歩き楽しぃ……」

「ですよねぇ」


 デートの最中に別の女の子に目を奪われるのはNGだと聞くが、何だかちょっとリュシーちゃんが怖いんですけど……俺、声震えてなかったよね。

 てか、もう飲むのも食うのも限界なんですけど……。


 魔法を使うと当然ながら魔力を消費して、それを補うためにカロリーも消費される。

 酒の酔いと満腹感を少しでも和らげようと、今日も目についた汚れを魔法で掃除して回っている。


 昨日も結構な数の酔っぱらいがいたが、今日は素面でいる人間の方が少ないように感じる。

 ちょっと酔っぱらいのいない所で休憩したいと思っていたら、またしても討伐系構成員の二人組が行く手に立ち塞がった。


「マサ、話は聞いたぞ、この野郎!」

「リュシーちゃんを独り占めしたけりゃ俺達を倒して……」

「マサに絡みたかったら、俺を酔い潰してからにするんだな」


 突然、俺と二人組の間に体格の良い男が割って入ってきた。


「お前は……誰だっけ?」

「手前に腕を治療してもらったフォルカーだ!」

「あーっ、あの時の……」

「そうだ、あの時の借りを返させてもらうぜ」


 振り返ったフォルカーは、どうだとばかりに胸を張ってみせた。


「おー……てか、借りを返すって言うなら、さっさと治療費五千リーグを払えよ」

「ぐぅ……それは、もうちょいしたら耳を揃えて払ってやるから待ってろ!」

「へーへー、期待しないで待っててやるよ。そんじゃ、ここは任せた!」

「おぅ、任されてやるぜ! さぁ、さっさと注ぎやがれ!」


 二人組に飲み比べを挑んだフォルカーに背を向けて歩き出す。

 てか、単にタダ酒を飲みたかっただけなんじゃねぇのか。


「ふふーん、やっぱりマサさんは人望がありますねぇ……」

「どうだろう? 単に治療費を催促されないためじゃないの?」


 てか、フォルカーが味方してくれる以前に、散々絡まれている時点で人望なんて無いと思うけどね。

 それにしても、酔いで肌を桜色に染めて、俺にしなだれ掛かってくるリュシーちゃんの尊さよ。


 これはもう、明日の約束も取り付けちゃった方が良くないか。


「あっ、マサさん、そっちは神酒の仕込みやってるから駄目です……」

「は、はい、そうだったねぇ……」


 うわっ、気温が五度ぐらい下がった気がした。

 明日の約束は、もうちょい考えてからにしよう……。

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