第34話 底知れない男
※今回はリュシーちゃん目線の話です
楽しい、楽しい……秋祭りは毎年楽しいけれど、今年は生まれてから一番楽しい時間を過ごしている気がする。
マサさんを引っ張り込んでパレードに参加していると、あちこちでキラキラと光の粒子が舞うのが見えた。
昼間だからあまり目立たなかったが、全てマサさんの清浄魔法だ。
お酒を零した人、料理をひっくり返した人、お菓子の甘いソースをシャツに着けてしまった子供。
そうした人々のところで光の粒子が踊り、表情を曇らせていた人達が満面の笑みを浮かべるのだ。
それだけでなく、街角に放置されたゴミや、飲み過ぎた人の吐瀉物、汚物、祭りの喜びに影を落とす物がキラキラと輝きながら消えていく。
「マサさん、ワンドを使わなくても魔法が使えるんですか?」
「うん、あった方が楽だけど、無くても大丈夫だよ」
通常、魔法使いの人達は、発動体として杖を使用する。
魔力を収束させ、方向性を与えてくれるので、何も使わない場合よりも楽に魔法を発動させられるのだ。
逆に、何の発動体も使わない場合、魔力が拡散して発動しにくくなるし、狙った場所に当たりにくくなると聞く。
何よりも、魔力の効率が低下するので、発動できる魔法の回数が大幅に違ってくるそうだ。
ところが、マサさんは杖も使わず、狙い通りの場所に、何度も何度も魔法を使い続けている。
これは、マサさんの魔力の高さと魔力操作の緻密さを現している。
私は特別に魔法に詳しい訳ではないけど、マサさん程の魔力と魔力操作が出来るならば、魔法学院が放って置かないはずだ。
「そんなに魔法を連発しちゃって大丈夫なんですか?」
「まぁ、大丈夫だよ。せっかくの祭りなんだから、みんなで楽しんだ方が良いでしょ」
「ホント、マサさんって優しいですね」
「そ、そうでもないけどなぁ……」
絡めた腕に力を込めると、マサさんはちょっと頬を赤らめてみせた。
私のささやかな胸の膨らみでも、ドキドキしてくれたのだろうか。
結局、祭りの初日はずっとマサさんと一緒に過ごして、夜のダンスパーティーでも踊って、翌日も一緒に回る約束をした。
マサさんはフェーブルの生まれではないから知らないかもしれないが、秋祭りで三日間一緒に踊った男女は結ばれると言われている。
逆に、秋祭りなのに三日間一緒に過ごせないようでは、結婚しても長続きしないとも言われている。
だから秋祭りで意中の人と、初日は勢いですごし、二日目で相手を見極め、三日目に結論を出すのだ。
初日のマサさんは、文句の付けようがない満点だった。
ただし、二日目はお酒が入る。
二日目は新酒と名物のチーズが振舞われる酔っぱらいのための祭りで、酔った時の本性が露わになる一日でもある。
初日は勢い、二日目で相手を見極め……と言ったけど、実際には二日目の酔った勢いで決めてしまう人も少なくないらしい。
二日目はパレードが無いので、ギルド近くの公園で待ち合わせした。
公園では、近所の人達がテーブルや椅子を並べて、持ち寄ったお酒や料理やチーズで宴会を開いている。
午前の鐘が鳴るのと同時に最初の一杯を酌み交わし、あとは歌ったり踊ったりしながら夜まで騒ぎ続けるのだ。
前もって予定を組んで、午前はどこ、昼からはどこ、午後はどこといった感じで、場所を変えメンバーを変えながら飲み続ける。
公園などに持ち寄る人もいれば、店を飲み歩く人もいる。
今日ばかりは、酔って絡んだり暴れたりしない限りは、朝から夜まで飲んでも咎められない一日なのだ。
「マサさん、こっちです!」
昨日は私よりも先に待ち合わせ場所にいたマサさんですが、今日は時間ギリギリに現れました。
「ごめん、ごめん、ちょっと雉鳩亭を手伝ってきたんだ」
マサさんが、ずっと逗留を続けている宿、雉鳩亭でも昨夜は満員のお客が盛り上がったらしく、食堂などがかなり散らかっていたそうだ。
宿泊客のマサさんが手を貸す必要は無いのだろうが、気付いているのに放置するのは気分が良くないそうで、魔法を使って掃除を手伝ってきたらしい。
「今日は中央広場に行くんだよね。 またダンスパーティー?」
「夜はそうなりますが、昼は神酒の仕込みが行われるんです」
「神酒っていうのは?」
「フェーブルで採れたブドウを使って、神様にお供えするお酒の仕込みをするんです」
果樹園から持って来たブドウを今年の乙女に選ばれた女性が足で踏んで果汁にする。
その果汁でお酒を仕込み、来年の祭りの日に奉納するのだ。
今年の乙女は、担当となる地区に暮らす十五歳から十八歳の乙女の中から、最も美しい者が選ばれる。
「リュシーちゃんも選ばれた事があるの?」
「いえ、私なんかは選ばれませんよ」
「いや、リュシーちゃん可愛いから選ばれるでしょ……じゃあ担当街区じゃなかったのかな?」
今年の乙女は、豊穣を象徴する存在でもあるので、ふっくらした体型の女性が選ばれる事が多い。
つまり、私の薄い胸板では選ばれることは無いのだ。
マサさんは選考基準を知らないようなので、あえて私の口から伝える必要も無いだろう。
まぁ、今年の乙女の揺れる胸元に見入っているようならば、マサさんにはちょっとだけ痛い思いをしてもらおう。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだね、ノンビリ行こうか」
「はい」
今日も祭りを楽しもうと思っていたのに、表通りへと通じる路地に三人の男性が立ち塞がった。
「マサ! リュシーちゃんを独り占めなんて許されると思ってんのか!」
「許される訳ねぇよな!」
「ここを通りたかったら、飲み比べで俺達を負かすんだな!」
三人は、全員が三級以上の討伐系構成員で、酒樽とジョッキを携えている。
討伐系の構成員に比べれば華奢なマサさんが、一人で三人なんて相手にできる訳がない。
「はぁぁ……お前ら朝っぱらから飲み過ぎだ。そこらで寝とけ」
「何言ってやがる、酔うのはこれか……ら?」
マサさんがヒラヒラと右手を振ると、三人は急にフラつき始めて、腰砕けになって座り込んでしまった。
なんだか、三人の耳の当たりがキラキラしていたように見えた。
「ど、どうなってやがる」
「目が回る……」
「た、立てねぇ……」
三人とも立とうとしても足をもつれさせてしまうし、眩暈に襲われているようだ。
「はっ、飲み比べする前に勝負あったみたいだな。行こうか、リュシーちゃん」
「はい、マサさん」
「手前ぇ、何しやがった……」
「待て、この野郎」
「リュシーちゃん、行かないで……」
三人の声を無視して中央広場に向かう。
「マサさん、何したんですか?」
「んー……秘密。暫く寝てれば治るから心配ないよ」
やっぱりマサさんが魔法で何かをやったらしい。
清掃魔法をどう使ったら、人をあんな風に出来るのだろう。
マサさんには、まだまだ私の知らない一面があるみたいだ。
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