第33話 記者が見る祭りの風景
※今回はレリシア目線の話です。
ゴーン……ゴーン……と、午前九時を知らせる鐘が鳴ると、沸き立つような歓声が上がり、秋祭りのパレードが始まった。
賑やかな楽器の音色と人々の歌声が響き、フェーブルの街が一つの楽器になったように感じる。
遠く離れた王都から取材のために訪れているのだが、私も夏を象徴するスカイブルーのシャツを着て、地元の人と一緒にステップを踏んでいる。
衣装も踊りも、一昨日の晩から行動を共にしているカペルから教わったものだ。
カペルと一緒に取材を始めた当初、私は祭りよりもフェーブルで起こった連続毒殺事件の方に重きを置いていた。
フェーブルという国境の街の裏で起こっている事件を掘り下げる事こそが、ありきたり旅行記からの脱却に繋がると考えていたからだ。
「そんな殺伐とした旅行記を読んで、王都の人間はフェーブルに行きたいと思うのか?」
半日ほど一緒に取材をしたところでカペルから言われた一言に、頭を殴られたような気がした。
陰謀渦巻く危険な香りのする事件記は、それだけ読むならば面白いだろうが、旅行記と一緒になった場合には魅力を失わせる要因でしかない。
旅行記とは、実際に行くのが難しい遠方の街の魅力を伝えるものであり、読んだ人間に自分も行ってみたいと思わせる内容でなければならない。
いくら祭りが華やかでも、連続殺人事件が起こっているような物騒な街に行きたいと思う者は少ないだろう。
旅行記として書くのであれば、そうした物騒な話は表に出さず、祭りの楽しさを前面に押し出すべきだ。
編集長に認めてもらう事ばかりを考えて、そんな基本的な事さえ忘れていた自分に唖然としてしまった。
そこからは意識を切り替えて、地元の人達に密着する形で取材をやり直す事にした。
幸い、フェーブルで生まれ育ったカペルが協力してくれたので、取材はスムーズに進められた。
カペルの地元の街区で、祭りの準備に加わり、衣装や音楽、踊り、伝統料理などを教えてもらった。
お年寄りから、今の祭りと昔の祭りの違いを聞き、受け継がれている伝統の意味を教わった。
それから教会にも出向いて話を聞いたので、教会が考える伝統と街の人が思っている伝統の微妙な違いなどにも気付く事が出来た。
あとは祭りを体感して、それを読者に伝えられる文章を書ければ、たとえ編集長からは認められなくとも記者として胸を張れる旅行記になるはずだ。
ただ、そうした旅行記本来の取材を進めていても、不穏な影を感じる場面に何度も遭遇した。
裏組織と思われる者同士の喧嘩や、憲兵による取り締まりは、例年に比べると明らかに増えているらしい。
毒殺事件を旅行記に絡めるという案は放棄したが、見て見ぬ振りをするのは伝聞記者の本分から外れてしまう。
そこに不正の闇が存在するならば、光を当てて公にするのが伝聞記者の仕事だ。
やっぱり連続毒殺事件の取材もしたいと申し出ると、当然カペルは渋い表情になった。
カペルが言うには、フェーブルにおける娼館は賭博場と並んで裏組織の象徴でもあるらしい。
質の良い娼婦を囲い、貴族ですら満足させる一夜を提供する……娼館や賭博場の運営手腕は組織の運営手腕とみなされているそうだ。
フェーブルで一番格が高い『エリーゼの溜息』が事件の標的とされたのは、組織の評判を貶めるためだとカペルは推測していた。
つまり、少なくとも二つの裏組織が絡んでいる事件であり、事件のどさくさに紛れて利益を得ようとする組織も加わり、フェーブル全ての組織が絡む争いに発展しているようだ。
今は憲兵隊も取り締まりを強化しているし、街の観光収入にも響くから組織も行動を抑制しているみたいだが、祭りの後には抗争が激化するのではと危惧している住民もいる。
それに、連続毒殺事件の被害者の一人は、娼婦と揉め事を起こしていたとはいえ一般人だ。
裏社会の連中だけに留まる抗争ならば、勝手に潰し合いをすれば良いと思うが、一般人を巻き込むなら話は別だ。
カペルは裏社会の連中を必要悪だと思っているようだが、一般人を巻き込んだ抗争は限度を逸脱している。
地元に密着して取材を進めるほどに裏社会の抗争が気になるという状況に、改めて自分の記者としての資質が問われているような気がした。
とは言え、地元のお婆ちゃんやおばちゃんたちに毒殺事件について聞く訳にもいかないので、昼は祭り、夜は事件という感じに割り切って取材する事にした。
昼間の取材を終えて、カペルと一緒に飲み歩いた酒場で、相席になった人や近くの席に座っている客に、事件や裏社会に関する噂は無いかと尋ねてまわった。
カペルが一緒の手前、毒殺事件に限定せず、ちょっと危ない話は無いか……といった聞き方をするしかなかったので、事件の核心に迫る情報はまだ得られていない。
幽霊の仕業だとか、毒殺ではなく呪殺だったなんて話ばかりで、到底記事に使えるレベルではない。
ただし、祭りは三日間に渡って続けられるので、気持ちの緩んだ者から、思わぬ情報を得られるかもしれない。
その為にも、昼間は思い切り祭りを楽しんで、顔見知りを増やしておこう。
カペルと一緒にパレードに参加して、事件の取材は忘れてステップを踏む。
純粋に祭りを楽しもうとしていたのに、パレードの出発から一時間ほど経った時、どこからか言い争う声が聞こえ、憲兵隊が吹き鳴らす警笛の音も聞こえてきた。
私の位置からは見えなかったが、路地の奥で小競り合いがあって、それを憲兵隊が取り締まったようだ。
パレードは何事も無かったように続けられていたが、心なしか楽器の音色が曇ったように感じる。
せっかくの祭りに水を差す連中に腹が立った。
やはり、裏社会の連中が必要悪なんて私には思えない。
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