第32話 祭りの始まり
「随分、早くいらしたんですね?」
「えっ? う、うん、ほら祭りの日って、ソワソワして寝ていられないっていうか……」
本音を言うなら、リュシーちゃんとのデートが楽しみで寝てられなかったんだけど、正直に言うのはハズい。
「そ、そういうリュシーちゃんも早いよね?」
「わ、私は……そう、地元ですから手伝いとか……」
「あぁ、そうか地元だものね。じゃあ、友達とか家族とかも来てるの?」
「えっ、家族……紹介しますか?」
「いや、まだ早い……っていうか、その祭りの準備とか忙しいんじゃない?」
てか、いきなり家族に挨拶とか、ハードル高すぎじゃねぇの。
何て言えば良いんだ? 娘さんをくださいは早すぎだよな。
「うちには小さい子はいないので、準備といっても大したことありませんから大丈夫ですよ」
「えっ、そうなの?」
てか、リュシーちゃん引っ張ってない? 引っ張ってるよね。
これは、いきなり覚悟を決めなきゃいけないのか。
「あっ、あそこにいるのが両親です」
「えっ、あの二人?」
公園の木陰で、男性の衣装の襟元を直している女性がいるのだが、どう見ても夫婦というよりも父と娘にしか見えない。
「そうです……けど、母の年齢だけは聞かないで下さい」
「それって、見た目に反して……ひぃ」
まだ三十メートル以上離れているし、周囲は祭りの準備でガヤガヤしているのに、リュシーちゃんの母親だという女性にギロっと睨まれた。
聞こえてるのか、この距離で、この音量でも聞えているのかよ。
リュシーちゃんと一緒に近付いていくと、今度はこちらに気付いた父親にもギロンと睨まれた。
なんだろう、この完全アウェーな感じは。
「お父さん、お母さん、こちら、いつもギルドでお世話になっているマサユキさん」
「ど、どうも……マサユキです。こちらこそリュシーさんにはお世話になっています」
姿勢を改めてキッチリと頭を下げると、母親の雰囲気は和んだけれど、父親の視線は更に冷ややかになった。
「ほほう、君がマサ君か……そうか、そうか、君が……」
「お父さん!」
「いや、失礼。私がリュシーの父カステロです。お噂は兼々……」
うん、これは間違いなく敵認定されてるな。
「あなた、会って早々に失礼でしょ」
「ふん……別に何もしておらんぞ」
「まったく、ごめんなさいね、マサさん」
「いえ、せっかくのお祭りの日に俺の方こそお邪魔じゃないですか?」
「とんでもない! リュシーったら、マサさんとお祭りを回るのが楽しみで、今朝なんて……」
「お母さん、余計なこと言わなくていいの!」
母親のイリューダさんは、リュシーちゃんと並んでも姉妹にしか見えない。
エルフの血を引いているのはイリューダさんの方で、カステロさんは耳の形からしても普通の人のようだ。
「お二人は、パレードに参加されるんですか?」
「ええ、そうよ。でも、パレードといっても足並みを揃えて行進する訳じゃないから、途中で抜けても、途中から参加してもいいのよ」
どうやら、踊りの振り付けとか、音楽とか、衣装を揃えるとか、厳しい取り決めがある訳ではなく、自由に参加して楽しむパレードのようだ。
言われてみれば、公園にいる殆どの人が、夏の象徴であるスカイブルーの服を身に着けている。
こんな感じの祭りだと知っていたら、俺もスカイブルーの服を用意しておいたのに。
「マサさんも夏色のシャツを着ます?」
「いや、用意してないから……」
「街の広場に行けば、シャツを売る屋台も出ていますよ」
「そうなんだ、じゃあ屋台を覗いてみて考えるよ」
「そうですね」
パレード出発の時刻が近付いてくると、あちこちから楽器の音色が響き始めた。
マンドリンに似た弦楽器とリコーダーが奏でる曲は、心が浮き立つようなアップテンポなリズムで、公園に集まった人たちは自然とステップを踏み始める。
リオのカーニバルのような賑やかさはないけれど、なるほど夏という感じがする。
世話役が列を作るように誘導を始め、出発の準備が整ったところで午前の鐘が鳴り響いた。
この公園だけでなく、フェーブルの街全体から歓声が上がり、楽器の音色が響き渡る。
街が一つになって、大地から空へと喜びの声が舞い上がる風景は、異世界から来た俺の魂までも揺さぶった。
パレードに参加している人達は、軽やかにステップを踏みながら曲に合わせて手拍子を打つ。
一人で拍手する人もいれば、隣りにいる人と視線を交わし手を打ち付け合っている人もいる。
楽器の音色、歌声、足音、拍手の音が渾然となって街に響いていく。
視界に入る人々は、みんな満面の笑みを浮かべている。
祭りが終われば、フェーブルの街は冬支度へと向かう。
夏が去り、豊穣の秋が終わる一日を、みんな目一杯楽しんでいる。
「マサさん、踊りましょう!」
「えっ、俺、踊ったことないよ」
「大丈夫です、ほら行きましょう!」
「わっ、ちょっ……しょうがないなぁ」
こんな日に、尻込みしているのは無粋というものだ。
下手くそだろうが、青い衣装じゃなかろうが、馬鹿みたいに笑って過ごすのが粋ってもんだろう。
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