第31話 待ち合わせ
俺は、やりきった。
いや、正確には半分しか終わらせていない仕事が大量に残っているのだが、それでも秋祭りまでに予定していた仕事は全て終わらせたのだ。
つまり……秋祭りはリュシーちゃんと楽しめるのだ。
フェーブルの秋祭りは、三日間に渡って盛大に行われる。
初日の今日は、夏の妖精に扮したパレードが行われる。
なんで秋なのに夏の妖精なのかと思うかもしれないが、標高の高いフェーブルでは夏の天候が秋の実りに大きな影響をもたらすからだ。
二日目の明日は、豊穣の女神を称えて新酒とチーズが振舞われる。
エールとチーズによる酔っぱらいのための一日となり、酔った勢いで夜を共にする男女が大量発生するそうだ。
そのためなのか、フェーブルでは夏に生まれた人の割合が、他の月に比べると高いらしい。
三日目の最終日は、冬の妖精に扮したパレードが行われる。
祭りの終わりを告げると共に、人々に冬の到来を告げるのだ。
フェーブルの秋は、本当に素晴らしい季節なのだが、その期間は短くて駆け足で去っていってしまう。
畜産に関わる人々は、冬を乗り切るための牧草の刈り取りに追われ、街で暮らす人々は薪の準備に追われるようになる。
秋祭りは、厳しい冬を前に思い切り楽しんでおくイベントなのだ。
リュシーちゃんとは、夏の妖精のパレードを見物しながら移動して、街の中央広場での群舞を見物する予定だ。
各街区ごとに妖精に扮するチームが組まれ、街を練り歩きながら中央広場に終結し、そこで群舞が披露される。
各チームによる群舞が披露された後は、街の人々も加わって盛大なダンスパーティーが行われる。
このダンスパーティーは、二日目、三日目も行われ、三日間一緒に踊った男女は結ばれると言われている。
秋祭りでプロポーズして、それから準備を始め、冬の間に結婚式を行い、春から新生活を始めるというパターンが多いらしい。
冬は外での活動の幅が限られるし、その間に手続き的なものは済ませて、春の訪れと共に一気に動き出すためなのだろう。
という事は、俺も覚悟を決めないといけないのだろうか。
いやいや、まだリュシーちゃんとはお付き合いもしていないのだから、いきなり結婚とか言い出したら引かれそうな気もする。
それよりも、今年の祭りを契機に正式にお付き合いを始めて、来年の祭りでプロポーズという方が現実的ではなかろうか。
そんな事を悶々と考えていたために、昨晩は良く眠れなかった。
リュシーちゃんとは、街の東側にある小さな公園の前で待ち合わせをしている。
ここは、リュシーちゃんが生まれ育った地域のチームが集合し、パレードを始めるスタート地点になっているそうだ。
公園には、この辺りに住む人々が集まってパレードの準備を始めている。
パレードは午前の鐘と共に一斉に始められるそうなので、まだスタートまでには一時間以上ある。
つまり、リュシーちゃんとの待ち合わせの時間まで一時間以上あるという訳だ。
悪かったな、楽しみすぎて早く起きてしまい、宿でじっとしてられなかったんだよ。
部屋で悶々としているくらいなら、街に出て祭りの雰囲気を楽しんだ方が良いだろう。
実際、小さな子供たちが、夏の妖精の象徴であるスカイブルーを基調とした衣装に身を包み、パレードが始まるのを心待ちにしている様子を見るのは悪くない。
スマホやデジカメが手元にあったら、動画や写真を撮りまくっているところだろうが、生憎とスマホは召喚された直後に王家に譲ってしまった。
どうせ電池が切れれば、ただの板っぺらになってしまうし、それならば財産に変えてしまった方が良いと思ったのだ。
勇者一行と分かれて単独行動するようになった後、俺は清浄魔法のおかげで金に困るようなことにはならなかったが、それでも一定の貯えがあることで精神的な余裕を持てた。
王家が電池の切れたスマホをどうしたのかは知らないが、こちらで生きていくなら必要性は感じない。
公園の隅に陣取って準備の様子を眺めていると、パレードは街区に住む住民全体で作り上げている物だということが良く分かった。
お年寄りから歩き始めたばかりの子供、まだ首もすわっていなそうな赤ちゃんも青い服を着せられている。
パレードに参加しない人たちも、どこかしらに青い色を身につけていた。
俺も、青いシャツでも買っておけば良かったと思ったが、それこそ後の祭りだ。
微笑ましい光景に目を細めていると、とつぜん火の着いたような子供の泣き声が聞こえてきた。
何事かと目を向けると、追い掛けっこでもしていたのか、パレードの衣装を着た子供がバッタリと転んでいた。
近くにいた保護者らしき大人が助け起こしたが、折角の衣装が泥だらけになってしまっている。
晴天に雲が広がるように、祭りの華やいだ空気が沈んだ。
ここは、俺の出番だよね。
泥だらけになった衣装を見て、ポロポロと涙を零している子供に歩み寄り、ワンドを軽やかに振るう。
「クリーニング!」
突然、キラキラした光の粒子に包まれて、泣きじゃくっていた子供は驚いて目を見開いた。
空気に溶けるように光の粒子が消えると、祭りの衣装は夏空のような青さを取り戻していた。
「おぉぉ、どうなってんだ、泥だらけだったのが下ろしたてみたいだぜ」
人々の視線が、びっくりして泣き止んだ子供に集まっている間に公園の隅に戻ろうとしたら、不意に耳元で囁かれた。
「優しいんですね、マサさん」
驚いて視線を向けると、息がかかりそうな距離にリュシーちゃんの笑顔があって、ドキリとさせられた。
うん、心臓に悪いほどの可愛らしさだよ。
「せっかくの秋祭りなんだ、みんな笑ってる方がいいだろう」
「はい、その通りです」
リュシーちゃんは、スルリと俺の左腕に手を絡めてきた。
普段はカウンター越しで感じることのない温もりと柔らかさに、またドキリとさせられてしまう。
うん、俺の心臓は今日一日耐えられるだろうか。
頑張れ、俺の心臓、爆発するなよ……。
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