第30話 接触

 カペルに強引に飲みに連れていかれた翌日も、俺は清掃の依頼に走り回っていた。

 秋祭りを前に、少しでも店の見た目を良くしておこうという飲食店からの依頼なのだが、そんな事を考えるぐらいなら普段から掃除をしておけと思ってしまう。


 実際、急ぎの依頼をして来た連中の多くは、普段は殆ど依頼を出さず、この時期限定で依頼してくる者達だ。

 まぁ、繁忙期ということで普段よりも割高の報酬を貰っているし、リュシーちゃんからの頼みとあらば断る訳にもいかない。


 どこぞの考え無しの伝聞記者の事など忘れて、依頼の消化に専念しようと思っているのだが……。


「ちっ、また居やがった……」


 依頼を終えて、次の依頼主の下へと向かおうとしたら、道の向こうにカペルとレリシアの姿が見えた。

 反射的に路地に入り、回り道をして次の依頼へ向かう。


 カペルたちの姿を見掛けたのは、本日二度目だ。

 昨晩、俺を連れ出す事に成功した報酬として、あの後カペルはお楽しみだったのだろうか。


 いいや、常識知らずのレリシアの行動を見かねて、カペルが世話を焼いているのだろう。

 カペルの世話好きは、フェーブルのギルドに所属している討伐系の構成員の間では良く知られている。


 魔物の討伐を生業としている構成員には、腕っ節の強さを自慢する連中が多く、自分達よりも弱い奴や年下を軽視する傾向が強い。

 討伐のやり方や素材の剥ぎ取り方法などを教えて欲しいなら、俺達の荷物持ちをして見て覚えろ……みたいな感じだ。


 まぁ、職人系の構成員も年功序列は厳しいみたいだし、若手の世話ばかり焼いていれば自分の収入が減ってしまうから、仕方のない面もあるのだろう。

 そうした構成員が多い中で、カペルは若手の構成員を連れて討伐に出掛け、積極的に自分の知識や経験を教えているそうだ。


 なので、若手の連中から慕われているし、特別に不細工という訳でもないのだが、なぜだか女性と縁が無いらしい。

 そんなカペルだから、昨夜の俺とレリシアのやり取りを見て、このまま放置したら危ないと思ったのだろう。


 カペルは腕も立つし、詳しく知っている訳ではないが金銭的にも余裕があるようだから、レリシアの取材に同行して自分も祭りを楽しもう……みたいな感じなのだろう。

 さすがに討伐系の二級構成員が一緒ならば、裏社会の連中もおいそれとは手を出せないだろう。


「まぁ、カペルが良いっていうなら構わないか……」


 カペルもレリシアも成人済みの大人だし、自己責任で動いているなら俺が口出す事ではない。

 ていうか、カペルがリードを握っているならば、レリシアも暴走しないだろう。


 二人の事は頭の片隅に追いやって、清掃の依頼に専念した。


「オルバーさん、客席の掃除は終わりました」

「おぅ、急がせて悪かったな」

「いいえ、厨房の掃除は祭りの後で改めてやりますから」

「よろしく頼むぜ」


 依頼半分完了のサインをもらって、次の依頼場所へと向かう。

 今度はカペル達に出会わないように、最初から裏道を抜けていこうとしたのだが、別口が行く手に立ち塞がった。


「おぅ、掃除屋、ちょっと面貸せ」


 路地に面した建物の壁に寄りかかりながら声を掛けてきたのは、いかにも堅気ではない格好の男だった。

 ちらりと後ろを振り向くと、そちらにも二人の男が立っている。


 どうやら待ち伏せされていたようだ。

 両手を広げて抵抗しないと意思表示すると、声を掛けて来た男は背中を向けて歩きだした。


 裏路地を何度か曲がりながら進み、袋小路の空き地に連れて行かれた。

 先を歩いていた男と向かい合うと、残りの二人は逃げ道を塞ぐように空地の入り口に立った。


 兄貴分らしき男は俺よりも長身で、斜に構えて見下すような視線を向けながら、静かに話し掛けてきた。


「掃除屋、お前余計なことを喋ってねぇだろうな?」

「余計な事とは……何の事でしょう?」


 とぼけた口調で答えたら、スキンヘッドの手下が声を荒げた。


「手前ぇ、舐めてやがんのか!」

「止めろ!」


 兄貴分が鋭い口調で制止すると、スキンヘッドは首を竦めて黙り込んだ。

 ヒョロっとして見える兄貴分に対して、手下のスキンヘッドはガチムチの体形をしている。


 単純な腕っ節ならば手下の方が上に見えるが、この世界には魔法という手段が存在する。

 強力な魔法が使えるのであれば、体格差など関係ない。


「掃除屋、そいつは余計な事なんか知らないってことだよな?」

「俺が知ってるのは掃除に関する事だけですから、それ以外の事を聞かれても答えようがありませんよ」

「それでいい。長生きしたけりゃ余計な事に首突っ込むんじゃねぇぞ」

「ご忠告ありがとうございます」


 腰を折って頭を下げてみせると、細身の兄貴分は三白眼でじっと俺を見下ろした後、手下を促して去っていった。

 余計な事は知らないと言った手前、余計な詮索はしなかったが、今の連中は毒殺事件が起こった娼館を仕切っているサングリー・ファミリーとは別の組織の連中だと思う。


 そもそも、俺が知っている情報は、憲兵隊の人間ならば知り得る情報ばかりだし、娼館の支配人オルテガさんからは、改めて釘を刺さなくても大丈夫だと思われる程度には信頼されているはずだ。

 サングリー・ファミリーでないとすれば、残る組織はコンベニオかプーロの二つだ。


「荒っぽいのはコンベニオだって話だけど……いやいや、余計な事は考えるな」


 どこかは知れぬ裏組織の男達が十分に離れていくまで待ってから、次の依頼先へと向かう。

 好奇心は猫を殺すではないが、余計な事に首を突っ込んでフェーブルでの平穏な暮らしを壊すつもりはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る