第29話 レリシア
※今回はレリシア目線の話です。
伝聞の紙面には、もう一つの世界が広がっている。
魔王討伐を目指して旅立った勇者一行の胸躍るような活躍。
王都で連続する事件の真相。
遠く離れた地方の出来事。
自分だけでは知り得ない、広い世界の知識に溢れた伝聞を読むのが子供の頃から大好きだった。
いつか自分も人々に広い世界の出来事を知らせる記事を書く、伝聞の記者になるのが夢だった。
そして夢を叶えて、王都でも指折りの伝聞社の記者となったのだが……私の書いた記事はボツ続きだった。
編集長いわく、ありきたりで世間の目を惹きつけられない。
裏付けに欠けていて、街の噂レベルでしかない。
自信満々で提出した記事を突き返される度に、後輩が特ダネをものにする度に、心が磨り減っていくようだった。
そんな私が編集長から命じられたのが、フェーブルの収穫祭の取材だ。
ここ最近、勇者と魔族の戦いのような殺伐とした話題が増える一方で、地方の風俗習慣を紹介する旅行記のような記事が流行っている。
そうした記事は、王都から離れるほどに珍重される一方、内容があやふやであったり記述に間違いがあると酷評された。
つまり、実際に見聞きした内容を伝えないと意味が無いとされているのだ。
編集長は、私に取材を命じる時に釘を刺して来た。
「フェーブルの今現在を取材して来い。ありきたりな記事しか書けないようなら、次は無いと思え」
国境の街であるフェーブルまでは、往復だけでもかなりの日数を要する。
それだけの日数、腕利きの記者を遊ばせておく訳にはいかないから私が選ばれたのだが、成果を出せないようならば記者としての未来は無いらしい。
取材費として渡されたのは、フェーブルまでギリギリで辿り着ける馬車代のみで、その他の経費は出来上がった記事を見て渡すと言われた。
つまり、編集長に認められるような記事が書けなかったら、記者失格の烙印を押されたうえに取材費を持ち出す羽目になる。
それでも私には、取材に行かないという選択肢は無い。
覚悟を決めて馬車に乗り、国境の街フェーブルを目指した。
ぎゅうぎゅう詰めの乗合馬車に揺られ、やっとの思いで辿り着いたフェーブルは美しい街だった。
青々と茂った牧草地の中に佇む石造りの古い街並みは、国境の宿場として栄えてきた歴史を感じさせる。
収穫祭の歴史や伝統について取材を進めるのは楽しかったが、宿に戻ってざっくりと纏めた文章を眺めている時に編集長の言葉が頭に浮かんできた。
「駄目、これじゃ、ありきたりだ……」
フェーブルの収穫祭は、他の伝聞社でも扱うかもしれない。
私の書く記事は、他社の旅行記とは一線を画していなければならないのだ。
そう考えた時に思い出したのが、街で起こっていた揉め事だった。
祭りとなれば、どこの街でも盛り上がりすぎて喧嘩沙汰になるのは珍しくない。
フェーブルも同じだと思っていたのだが、その割には目撃する回数が多いような気がした。
そこで翌日から祭りの取材を進めるかたわら揉め事について聞いてみると、フェーブルを仕切っている三つの裏組織や連続毒殺事件の話を耳にした。
それは、私にとって天啓としか思えなかった。
歴史と伝統に支えられた収穫祭の裏側で起こっている裏組織による血なまぐさい事件……これこそが、ありきたりではない旅行記を書く肝になると思った。
取材を進めていると、いかにもその筋の人間と思われる男達に追い回される事になった。
結構ヤバいと思ったが、その一方で反応があるということは核心に近づいているのだと感じた。
そして、連続毒殺事件の鍵を握っている男の一人に接触できた。
清掃業務を主としながら二級構成員だという男は、風変りな清浄魔法の使い手だった。
頑なに取材を拒否する姿勢からして、この男が深く事件に関わっているのは間違いない。
何とか証言を引き出そうとしたのだが、どうやら知らないうちに一線を超えてしまっていたらしい。
カペルという討伐を主とする二級構成員の忠告は、私の肝を冷やすのに十分だった。
まだ事件については、ほんの触り程度しか分かっていないのに、このまま取材を続けるのは命に関わるらしい。
ただ、カペルという男は随分とお人好しのようで、私がフェーブルを離れるまでの間、無償で護衛を務めてくれるらしい。
カペルが一緒だと、思うような取材は出来なくなるだろうが、命には代えられない。
だが、別の見方をするならば、カペルが一緒にいるならば少々突っ込んだ取材をしても大丈夫かもしれない。
カペルの腕前は知らないが、こんな片田舎の街で二級構成員にまでランクを上げているのだから、それなりに腕は立つのだろう。
伝聞記者としての未来を切り開くためにも、収穫祭の取材と平行して、裏組織についても知る必要がある。
今はまだ、街の噂話を集めただけにすぎないから、もう一押し、事件の当事者しか知り得ないような情報を捕まえたい。
そのためには、働き次第でカペルにご褒美を与える事も考えた方が良いのかもしれない。
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