第27話 記者

「カペル、三人前あがったぞ」

「おーっ、待ってました。さぁ、食おうぜ」


 カペルの行き付けの店は、調理を担当している親父の他には下働きの青年が一人いるだけで、馴染の客だと声を掛けて自分で料理を運ばせるらしい。

 出て来た料理は鶏肉のグリルで、胸、腿、手羽などの部分の他に内臓肉も盛られている。


 どの部分も一口大にカットされていて、客は串で刺して口に運んでいる。

 味付けは、塩と粉末にしてブレンドした香草のようだ。


 レリシアは話の続きがしたいようだが、俺は食う方に専念したい。

 まずはレバーからいってみよう。


「おっ、美味い……」

「だろう、親父は不愛想だけど料理は美味いんだぜ」


 肉体労働に従事する連中がメインの客層だからか少し塩気が強めだが、レバーは丁寧にした処理がされているのか鶏特有の臭みを全く感じない。

 火の通しぐあいも絶妙で、固くならずレバーの濃厚な旨味が堪能できる。


 レバーを味わったところでエールをぐいっと煽る。

 レバー、香草、エールの香りが混然となって、実に美味い。


「かぁ! 美味い!」

「本当、けっこういけるわね。ところで、さっきの話なんだけど、ある事件ってのは……」

「次は腿肉いっとくかな……うん、うん、美味いね」


 フェーブル近郊で飼われている鶏は、日本の品種よりも二回りほど小さいが、広い鶏舎で飼われているからか肉が引き締まっていて味が濃い。

 ていうか、レリシアは余計な事まで嗅ぎ付けていそうな気がする。


 俺が話に乗ってこないので、レリシアは聞こえよがしにカペルと話し始めた。

 サングリーが守りに入っているとか、コンベニオが強気だとか、裏組織の名前をデカい声で話してんじゃねぇよ。


 俺はフェーブルにある三つの裏組織が絡んでいる、三軒の娼館全てで掃除の仕事を請け負っている。

 勿論、全部ギルド経由の仕事だし、疚しい事は何も無い。


 日本だと反社会的な組織に絡む仕事をすると批判の的にされたりするが、この世界では例え裏組織絡みの店からの依頼であっても、要件を満たしていればギルドが斡旋する。

 そして、ギルドが斡旋する仕事である以上、批判される事も無いのだ。


 それは、別の言い方をすれば、裏組織に繋がっている人間が普通に存在している事を意味している。


「ねぇねぇ、いい加減に喋りなさいよ。毒殺された娼婦を見つけた掃除屋って、あんたなんでしょ?」

「知らん、毒殺された娼婦? なんの事だ?」

「ちょっと、とぼけないでよ! 娼館から指名される凄腕の掃除屋って、あんたのことでしょ」

「確かに俺は腕の良い掃除屋だ。それに関しては間違いないし、腕には自信があるし、あちこちから依頼も受けている」

「だったら……」

「だからこそ! 依頼先で何を見ようが、何を聞こうが、ペラペラ喋ったりしねぇからな」


 少し声のボリュームを上げて釘を刺すと、レリシアは子供みたいに頬を膨らませて不満だとアピールしてみせたが、事件に関して喋る気は無い。

 というか、声を大きくしたのは、急に勘定を済ませて席を立ったカウンターの客に聞かせるためだ。


 労働者風の中年のオッサンだが、明らかにこっちの席を気にしていた。

 どこの組織に繋がっているのか、それとも俺の考えすぎなのか分からないが、俺は関わっていないとアピールしておく。


「喋らないってことは、事件に絡んでるってことよねぇ……」

「知らん」


 喋らないと釘を刺しても、レリシアは食い下がってくる。

 そのしつこさは、日本のワイドショーのレポーターを見ているようだ。


 レリシアを無視して、手羽先、砂肝、ぼんじりを味わってエールを喉に流し込む。


「ねぇ、話してくれたら、今夜一晩あたしを自由に……」

「ごっそさん、一杯付き合ったから帰るぜ。カペル、この馬鹿黙らせとけよ」

「あぁ、悪かったな」

「ちょっと、まだ何も話してもらってないんですけど!」

「俺は明日も忙しいんだ。遊びたければ、カペルに相手してもらえ」


 レリシアの腕を振りほどいて席を立ち、店の親父に勘定はカペル持ちだと伝えて店を出た。

 秋祭りも間近だし、まだ宵の口とあって通りは多くの人で賑わっていた。


 レリシアが追い掛けて来るかと思ったが、どうやらカペルが上手く引き留めてくれたらしい。

 このまま裏通りを通っても宿に帰れるのだが、一度表通りに戻っていつもの道筋で雉鳩亭を目指す。


 馴染の串焼き屋の店主が声を掛けて来た。


「おぅ、マサじゃないか、こんな時間に珍しいな」

「今日は野暮用で捕まってたんだ」

「そうなのか。祭りが終わったら、また依頼を出すから頼むぜ」

「秋祭りの関係で立て込んでるから、余裕を持って早めに出しておいてくれると助かる」

「分かった、急がないけど一応依頼は出しておくよ」

「毎度どうも」


 いつもの道をいつもよりも遅い時間に通るので、あちこちから声を掛けられたが、雉鳩亭に戻るまでの間に裏社会の連中が接触してくることは無かった。

 毒殺事件の関係者になってしまったので、少々神経質になりすぎたかもしれないが、フェーブルでの生活は気に入っているので邪魔されたくない。


 祭りが終わればレリシアも取材を終えてフェーブルを離れるだろうし、それまでの辛抱なのだろうが、リュシーちゃんとのデートを邪魔しないようにお灸を据えておいた方が良いのかもしれない。

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