第26話 付き合い

「はい、確かに本日の分の作業を確認しました。仕事を急がせてしまって申し訳ありません。マサさん、疲れてませんか?」

「まぁ、正直ちょっと疲れてるけど、秋祭りは四日後、作業ができるのは残り二日半ってところだから頑張るよ」

「ありがとうございます。では、こちらは半分依頼完了として記録しておきます」

「うん、頼むね。あとは何件?」

「残りは……十五件です。大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫、このペースなら何とかなるよ。明日はこれと、これと……」


 本日、半分だけ終わらせた依頼の報告をして、明日の予定を組み、笑顔のリュシーちゃんに見送られながらギルドを後にした。

 うんうん、天使のようなリュシーちゃんの笑顔で疲れなんて吹っ飛んじゃうよ。


「マサ、報告が終わったなら飲みに行こうぜ!」


 折角、良い気分に浸っていたのに、ギルドを出たところでカペルに声を掛けられた。

 しかも、カペルの隣にはレリシアの姿がある。


「あー、パス。朝から働き通しだし、明日も依頼がギッチリ詰まってるんだ」

「んなこと言わずに一杯付き合え!」


 カペルは俺の肩に腕を回すと、声を潜めて囁いた。


「お前を誘うって条件でレリシアを捕まえてるんだ。俺が勘定持つから付き合えよ」

「はぁぁ……しょうがねぇなぁ、一杯だけだぞ」

「うーし、俺の行き付けの店に行くぞ!」


 レリシアの乳に魅了されたのであろうカペルに、ガッシリと肩を組まれて連行される。

 討伐をメインに活動しているカペルと、魔法を使っての清掃をメインにしている俺とでは体格差は歴然で、腕を振りほどく術はない。


 カペルに連れて行かれたのは、ギルドから十分ほど歩いた裏通りにある居酒屋だった。

 店の中からは、肉を焼く良い匂いが漂ってきている。


「おやっさん、三人だけど入れる?」

「おぅ、好きな所に座れ」

「エールと盛り合わせを三人前ね」

「あいよ!」


 店は壁際を作りつけのベンチにしてあって、テーブルが四つ並んでいる。

 テーブルを挟んで二つずつ計八脚の椅子が置かれていて、カウンターにも八人ほど座れるようになっている。


 普通に座って二十五、六人、ギチギチに詰めれば三十人ぐらい入れるだろうか。

 席は七割ほど埋まっていて、カペルは空いている奥から二番目のテーブルに足を向けた。


 匂いからして料理は期待できそうだが、店の清掃状態は褒められたものではない。

 カペルに壁際のベンチに押し込まれる前に、ワンドを抜いてベンチと寄りかかる壁、テーブルに清浄魔法をかけた。


 脂でベタつくベンチやテーブルに座るなんて、真っ平御免だ。

 俺がベンチに腰を落ち着けると、すかさず隣にレリシアが座った。


 カペルはちょっと舌打ちした後で、テーブルを挟んだレリシアの正面に腰を落ち着けた。

 エールが運ばれてきて、ジョッキを手にしたカペルが口を開いた。


「それでは、俺たちの出会いを祝して、乾杯!」


 あまり祝福はしたくないのだが、ジョッキを合わせてからエールを喉へと流し込んだ。

 深い琥珀色のエールは、日本のビールと違ってキンキンに冷えていないが、味と香りに深みがある。


 フェーブルの街から少し麓に下った辺りでは上質なホップが採れるので、エールの醸造も盛んに行われている。

 夏場のホップの収穫時期は、エールの仕込みの季節でもあり、醸造所からの清掃依頼で結構稼がせてもらった。


 今飲んでいるエールも、清掃を依頼された醸造所で造られたものかもしれない。


「かぁ! 仕事あがりの一杯は最高だな。んじゃあ、まずは改めて自己紹介といこうか。俺はカペル、討伐を生業とする二級構成員だ。次、マサ」

「俺はマサユキ、清掃専門の二級構成員だ」

「えっ、マジで? 清掃だけで二級なの? あぁ、でもさっきの清浄魔法なら有り得るのか……」


 レリシアが言う通り、普通清掃の仕事とかは駆け出しの構成員が請け負うイメージがある。

 通常の清掃だと依頼の報酬も安いし、それだけで食っていくのは大変だが、俺の場合は魔法を使って指名で依頼を受けているから報酬も別格なのだ。


「へぇ、なるほどねぇ……あぁ、あたしの番ね。あたしの名前はレリシア、王都一番の伝聞社サンタボースの敏腕美人記者よ」


 ぐいっと胸を張ったレリシアの谷間に目を奪われつつ、カペルが話を繋ぐ。


「ほぅ、その美人記者さんは、なんだってこんな国の外れまで来てるんだ?」

「色んな地方の習慣、風俗、名所、名跡、名産品を王都の人達に紹介して、旅をしている気分になってもらうためよ。フェーブルには秋祭りの取材で来たんだけど……なかなか面白い事になってるわよね」

「そうだろう、フェーブルの秋祭りは、この辺りでは有名だし、観光客もけっこう来るんだぜ」


 含みのありそうな笑みを浮かべたレリシアの言う面白いは、カペルの考えている面白いとは違っているように感じる。

 でなければ、エブリオさんの酒場の裏手に人相の悪い連中によって追い詰められたりはしないだろう。


「そのフェーブルを裏から仕切ってる組織が三つあって、ある事件を切っ掛けにやり合ってるって話じゃない。その辺り、詳しく教えてくれない?」


 レリシアは俺の腕を抱え込んで豊満な胸の膨らみを押し付けてきた。

 こいつは間違いなく疫病神だ。


 やっぱりカペルの誘いなんか断って、さっさと帰れば良かった。

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