第25話 待ち伏せ

 残り二軒目の酒場の掃除を終えたのは、営業開始ギリギリの時間になってしまった。

 雑に掃除するだけならば、もっと早く終わらせられるけれど、それは俺の掃除屋としての矜持が許さない。


 雑にやっても普通の人が掃除するよりも遥かに綺麗ではあるけれど、それでも金を貰って請け負っているのだから、出来るだけ丁寧に仕上げたい。

 勇者召喚に巻き込まれてこちらの世界に来た後、城から出て各地を放浪し始めた当初は、調子こいて適当な仕事をしたこともあった。


 それでも仕事としては成立していたが、色々と指摘を食らったり値切られたり、俺も依頼する方も気分が悪くなることが少なくなかった。

 そんな頃に、足を悪くしたお婆さんからの掃除の依頼を受けて、丁寧な仕事をしたら目茶苦茶感謝された。


 ちゃんとした仕事をすれば感謝されるし、手抜きをすれば文句を言われる。

 当たり前なことに改めて気付かされて、それ以後は丁寧な仕事を心掛けている。


「おーおー、混んでやがるなぁ……」


 依頼完了の報告に訪れたギルドは、ハロウィンの渋谷かと思えるほど混雑していた。

 秋祭りを控えて依頼自体が増えているし、祭りの間の遊ぶ金欲しさに依頼を受ける構成員も増えているのだ。


「しゃーない、空くまで待つか……」


 依頼完了の報告の他に明日の依頼の調整もしたいので、俺の下心を抜きにしても他の受付嬢ではなくリュシーちゃんに担当してもらいたい。

 リュシーちゃんの手が空くのを待つ間、小銭稼ぎをして時間を潰そうと思ったのだが、ギルドの裏手に向かおうとする行く手を塞がれた。


「見つけた! やっと現れたわね。この私を待たせるなんて、いい度胸してるじゃないの」

「人違いです……」

「ちょっと! この超絶美人のレリシアさんが声を掛けてるのに……」

「だから、人違いです……」

「そんな訳ないでしょ!」


 面倒な赤髪巨乳が現れたので、華麗にスルーしようとしたのだが上手くいかなかった。


「はぁぁ……ウゼぇ、俺は忙しいんだから寄ってくんな。どけ、どけ……」

「あたしは野良犬じゃないんだからね」


 キャンキャン吠える姿は置き去りにされた子犬にしか見えないし、こんなに混雑しているギルドでまとわりついてくるんじゃねぇよ。

 妙な噂が立って、リュシーちゃんに誤解されたらどうすんだよ。


「てか、依頼完了の報告すれば暇なんでしょ、ちょっと付き合いなさいよ」

「だから、俺は忙しいって言ってんだろう」


 レリシアを押しのけるようにしてギルドの裏手に出ると。買い取り場の近くから埃まみれのカペルが待ちかねた様子で手を振ってきた。


「おーっ、待ってたぜマサ。今日も頼むぜ……って誰だ、そのベッピンさんは?」

「知らない人だ」

「ちょっと、本当に失礼よね! 王都一番の伝聞社サンタボースの売れっ子記者レリシアとはあたしのことよ……って、聞きなさいよ!」

「マサ、ちょっとは聞いてやったらどうなんだ?」

「そう思うならカペルが相手してやれよ」

「いいのか?」

「いいのかどころか是非お願いしたいね。それで、掃除は何人だ」

「おう、今日は五人だが、それぞれ払う」

「了解だ、一人二百リーグだ」

「あいよ」


 カペルから百リーグ銀貨二枚を受け取り、ワンドを抜いて清浄魔法を発動させた。

 光の粒子がカペルの全身を包み込み、埃、泥、汗、皮脂などを綺麗さっぱり消滅させていく。


「ちょっとちょっと、それ何してんのよ!」

「カペル、説明よろしく! ほい、次は誰だい?」


 レリシアへの説明をカペルに押し付けて、俺は順番待ちしている連中から金を受け取っては清浄魔法を掛けていく。

 秋祭りを控えて、食用に出来る魔物の買い取り価格も上がるので、討伐に出る構成員の数も増える。


 当然、俺の小銭稼ぎの客もいつもよりも増えているという訳だ。

 五人目の清掃を終えると、すぐさま次の依頼が入ったのだが、そこにレリシアが

割って入ってきた。


「一人二百リーグでしょ? はい、次はあたしに掛けてみてよ」

「はぁぁ……しゃーねぇな」


 レリシアから銀貨を受け取り、ワンドを振って清浄魔法を発動させる。

 光の粒子は、表面から服の内部まで侵入して汚れを消滅させていく。


「えっ、えっ、ちょっと、これ……ひゃぁぁぁ……」


 清浄魔法によって痛みや熱さ、冷たさなどは感じることはないが、体の表面の皮脂汚れなどがゴッソリ消える場合には、消失感のようなものを覚える場合はある。

 腕とか足とかよりも、デリケートな部分の方が強く感じる。


「終わったぜ。もうちょっと身綺麗にしておいた方が良いんじゃねぇの、売れっ子記者さん」

「……ば、馬鹿ぁぁぁ!」


 レリシアは顔を真っ赤にして走り去っていった。

 俺はどこを身綺麗にしろとは言ってないんだけど、一体どこに消失感を覚えたんだろうねぇ……。


 この後、カウンター前が空くまでに、二十人ほどの構成員に清浄魔法を掛けた。

 全部で五千リーグ少々の小銭稼ぎは、日本円の感覚だと五万円ぐらいの稼ぎだ。


 秋祭りを前にした臨時体制の依頼は、残りの厨房部分を終わらせないと金にならないので、この小銭稼ぎの収入は馬鹿にならない。

 さてさて、本日の頑張った成果をリュシーちゃんに報告しましょうかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る