第24話 祭りの準備

 秋祭りを四日後に控え、フェーブルの街は慌ただしい空気に包まれている。

 今日も午前中に慌ただしく飲食関連の店を巡って掃除を終わらせ、中央広場のベンチで昼の休憩をしに来たのだが、普段とは違って大勢の人が集まっていた。


「今日は、くじ引きの日か……」


 ここ、街の中央広場には、祭りの期間中多くの屋台が並ぶ、軽食、お菓子、飲み物、土産物、服、雑貨、エトセトラ……。

 店を出す場所は、飲食関係とその他に分けられて、くじ引きによって場所が決められる。


 既に、広場には憲兵隊によって区割りの白線が引かれ、番号が振られているようだ。

 出店を希望する者は、料金を支払ってくじを引き、当たった番号の場所で商売を行うのだ。


 祭りの期間には多くの観光客が訪れるので、ぶっちゃけ余程酷い品物でなければ売れてしまう。

 自分の店の他に出店する者や、普段は別の仕事をしているが祭りの期間だけ臨時収入のために出店する者、そして裏社会の連中が資金稼ぎに出店したりもする。


 そのため、くじ引きの会場には人相の悪い一団も混じっている。

 当然、良い場所を譲れとか、権利自体を譲れといって脅迫を行う連中が現れたりするので、あちこちで憲兵隊が目を光らせている。


 ここフェーブルの街の歓楽街には、サングリー、コンベニオ、プーロという三つの勢力が存在しているそうだ。

 一見すると街の平穏は保たれているようだが、俺達素人の目には触れない場所では暗闘が続いているという話だ。


 ちなみに、フェーブルにある三軒の娼館は、それぞれの勢力が所有していて、エリーゼの溜息はサングリー・ファミリーの所有だ。

 支配人のオルテガさんは幹部の一人らしいが、詳しい話は聞いたことがない。


 それこそ先日ダービッドさんに釘を刺されたように、深入りしないための対応策だ。

 くじ引きの風景を眺めながら昼食のパンを頬張っていると、集まった人の間から怒号が響いてきた。


「あぁん? 何か文句あんのか!」

「ギャンギャン吠えるな三下! 黙ってろ!」

「なにを偉そうに指図してんだ、ボケぇ!」

「黙れ、カス!」


 どうやら、どこかのファミリー同士で場所が隣り合わせになったらしく、さっそく小競り合いを始めたようだ。

 当然、笛を鳴らしながら憲兵隊の隊員が割って入り、どうやら場所の調整が行われるようだ。


 せっかく訪れた観光客の前で抗争でも始められたら、フェーブルの街のイメージがガタ落ちしてしまう。

 毎年、祭りの前には憲兵隊が各ファミリーに釘を刺すそうで、指導に従わない場合には多額の罰金の支払いを命じられるそうだ。


 そのため、祭りの最中に羽目を外しすぎて憲兵隊の御厄介になる者は出るが、ファミリー同士の抗争は起こってこなかったそうだ。

 だが、今年の祭りでは、どこか張り詰めた空気が漂っている。


 祭りが近付くほどに、街で暴力沙汰と遭遇する機会が増えている。

 しかも殆どが、その筋の人同士の喧嘩なのだ。


「まさか、あの事件が関係してるのか?」


 娼館『エリーゼの溜息』を舞台とした連続毒殺事件は、結局動機不明ながら従業員のロレンシオさんによる犯行とされたようだが、裏で他のファミリーが関わっていたりするのだろうか。


「フェーブルで一番の高級店の評判を落とすために、三人も殺害するのだろうか?」


 日本だったら有り得ない話だけれど、こちらの世界では人の命の価値が日本よりも遥かに低く感じる。

 たとえば、旅の途中で山賊に襲われた場合、山賊は躊躇なく人を殺すが、襲われた側も躊躇なく山賊を殺す。


 一方で、街中で酔っ払い同士が喧嘩をする場合などでは、相手を殺さない程度で止めておこう……ぐらいの加減はする。

 そんな感じで、人の命の価値観に違いを感じているから、毒殺事件が他のファミリーが暗躍した結果なのかどうかも判断が出来ない。


「秋祭りの最中に抗争とか始めんじゃねぇぞ、タコめ!」


 いまだに憲兵隊員に文句を付けている、どこのファミリーだか分からない連中に向かって、絶対に聞こえない小さな声で呟いてから午後の依頼先へと足を向けた。

 午後一件目の仕事は、夕方から営業の酒場の掃除だ。


 昼の営業をしない代わりに、夜は遅くまで店を開けているらしい。


「こんにちは、エブリオさん、掃除屋です」

「うむ……」

「仕込みの前に厨房から始めさせてもらいますね」

「うむ……」


 酒場の主、エブリオさんは四十代後半ぐらいの仙人を連想する寡黙な男性で、こちらの言葉には殆ど頷くだけなのだが、不思議と会話が成立する。

 まずは、裏口を開けて路地とゴミ箱を掃除、それが終わったら厨房の天井からバンバン掃除を進めていく。


 先にエブリオさんが調理をするスペースの掃除を済ませ、仕込みを始められるようにした。

 普通の掃除ではゴミや埃が舞ってしまって仕込みどころではなくなるが、俺の清浄魔法ならば全て消し去ってしまうから細かい埃すら飛び散らない。


 エブリオさんも仕込みの作業を始め、厨房の掃除はあと少しで終わりという所で、裏口の外から複数の足音と、ゴミ箱が転がる音が聞えてきた。


「このガキ、舐めた真似しやがって、もう逃がさねぇぞ」


 エブリオさんの店の裏手は、袋小路になっている。

 追いかけられた誰かが、路地を走る間に迷い込んできたのだろう。


 酒場の裏口を開けて外の様子を確認すると、ローブを着込んだ小柄な人物が、屈強な三人組に追い詰められていた。

 フードを目深に被っているので、顔立ちは良く見えないが、まだ少年のようだ。


「あーぁ……せっかく掃除したばかりなのに、汚さないでくれるかな」


 さっき掃除したばかりの路地には、ゴミ箱の中身がぶち撒けられていた。


「あぁん? なんだ、手前は」

「俺? ただの掃除屋っすよ。ちょいと掃除しちゃいますね」


 鋭くワンドを振り下ろすと、眩いばかりの光の粒子が男達の頭を包み込んだ。


「何だこりゃ!」

「目、目がぁ……」


 男達の目が眩んでいる間に、ローブ姿の人物を招き入れて裏口を閉める。


「表から出ろ」

「助かった……」


 意外にも、フードの下から聞えてきた声は女性のようだった。


「エブリオさん、面倒は掛けないから安心して」

「うむ……」


 ローブ姿が表口から出て行ったのを確認し、清浄魔法で痕跡を消してから裏口を開けた。


「何をガタガタやってんだぁ? あーあー……せっかく掃除したのに散らかしやがって」

「おい、お前! ここにローブを着たガキが来なかったか?」

「ローブを着たガキ? さぁね、ずっと中で掃除してたから分からねぇな」

「ちっ、行くぞ!」


 三人の男達はキツネに摘まれたような顔で袋小路を見回すと、首を捻りながら裏路地へと戻っていった。

 最初に俺が掃除屋だと名乗ったことも、目潰しのような清浄魔法を掛けられたことも、綺麗さっぱり忘れているようだ。


 これも色々検証する中で会得した技だが、特定の期間を選んで消すような器用な使い方は出来ないが、直前数分間の記憶ならば清浄魔法で消去できる。

 なので、エブリオさんに迷惑が掛かる心配は無い。


 厨房、客席、トイレの掃除を終えて、エブリオさんからサインを貰えば依頼は完了だ。

 これから、夕方までに二軒の酒場の掃除が残っている。


「やってやるさ……全てはリュシーちゃんとのラブラブな秋祭りのために」


 決意も新たに次なる酒場に向かおうとしたら、少し歩いたところで声を掛けられた。


「ねぇねぇ、そこの掃除屋のお兄さん」

「ん? 誰だ?」


 振り返ると、リュックを背負った女性が笑顔を浮かべていた。

 ショートカットの赤い髪、クリクリっとした好奇心の強そうなブラウンの瞳が猫っぽく見える。


 顔立ちは少年っぽく見えるけど、胸が大きい……シャツのボタンが苦しそうなほど大きい。

 生成りのシャツは綺麗だけれど、パンツの裾と靴は埃を被っていた。


「お前、さっきのローブ姿の奴か」

「そうそう、危うい所をありがとうね。あのままだったら、捕まって手籠めにされちゃってたかも」

「あっそ……」


 なかなか魅力的な胸をしているけど、ぶっちゃけ関わり合いになりたくない。


「ちょっとちょっと、ツレなくない? 折角、こんな美女がお礼をしようと思っているのに……」

「そう思うなら関わらないでくれ、俺は忙しいんだ」

「えー……ツレないなぁ、あたしはレリシアって……」

「あー、あー、聞えない、聞えない」

「ちょっと!」


 しっ、しっと手を振って追い払い、レリシアに背中を向けて歩き出す。

 あの胸に釣られて関われば、絶対にろくなことにならない。


 たとえ胸がささやかだろうと、俺の天使はリュシーちゃんしかいないのさ。


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