第23話 半端な幕引き
「ホリッドさん、客席の方はガッチリ掃除しておいたから、厨房の方は秋祭りの後にさせて下さい」
「了解だ、こっちこそ急がせて悪かったな」
「いえいえ、折角の稼ぎ時ですからね、秋祭りでは皆さんにガッツリと儲けてもらわないと」
「今年も麦は豊作だって聞くし、俺も祭りの期間には稼がせてもらうぜ」
憲兵隊のダービッドさんと一緒にカシュパルさんの家を調べた二日後、俺は朝から馬力を掛けて掃除の仕事に励んでいた。
娼館『エリーゼの溜息』での毒殺騒動に巻き込まれたおかげで、掃除の依頼が溜まってしまったのだ。
それに加えて今は秋祭りを控えた時期で、飲食関係の店からは祭りの前に掃除を済ませてほしいと求められている。
だが、今までと同様のペースで依頼をこなしていたら、祭りには到底間に合わない。
そこで考えた苦肉の策として、お客の目に触れる客席の掃除だけを済ませて、裏の掃除を後回しにしてもらう作戦だ。
これならば、一件丸ごと依頼をこなすよりも、半分以下の時間で終わらせられる。
普段は一日にこなす依頼は三件だが、きょうは八件を回る予定だ。
ぶっちゃけ大変だけど、リュシーちゃんからお願いされてしまったら応えない訳にはいかないだろう。
ていうか、一昨日の時点で入っている依頼を秋祭りまでに終わらせられたら、一緒に秋祭りを見て回りませんか……って、リュシーちゃんから誘われたのだ。
もじもじと顔を赤らめながら話を切り出したリュシーちゃんの尊さは、天使を越えて女神レベルだった。
飲食店の多くは、昼の開店時間までに作業を終わらせなければならない。
開店時間の遅い酒場と定休日の店を午後に回して、依頼の店をダッシュで巡った。
昨日から始めた方法だが、時間的にはかなりタイトなスケジュールだが、ここでやらずに何時やるんだ。
秋祭りでのリュシーちゃんとの、デ、デ、デートを邪魔する輩は、俺様の清浄魔法で消し去ってやる……やらないけど。
それに、事件から距離を取りたいというのが正直な気持ちだ。
昨日、毒殺されたカシュパルさんの家を調べた感じでは、事件は娼館の内部の人間という疑いが強くなった。
娼館からは仕事も貰っているが、憲兵隊からも仕事を請け負っている。
ダービッドさんからは、義理立てする相手を間違えるな……なんて言われたけれど、俺が第一発見者でもあるし、憲兵隊にだけ協力するのも違う気がする。
だから、事件とは距離を置いて、どちらとも暫くは関わらないことにしたのだが、思うようにはいかないらしい。
午前中の五件の予定を猛スピードで終わらせて、中央広場の噴水を眺めるベンチでサンドイッチを頬張りながら休憩していると、仏頂面のダービッドさんが歩いて来るのがみえた。
慌てて視線を逸らしたのだが、ダービッドさんはそのまま歩み寄って来て、俺の隣にドッカリと腰を下ろした。
「わぁ、ダービッドさん? 脅かさないでくださいよ」
「白々しい……お前、慌てて目を逸らしただろう?」
「な、なんの話かなぁ……」
「お前は他人を騙す小芝居が絶望的に下手だからな……自覚しておけ」
「ぐふっ……分かりました。てか、なんでそんなに機嫌が悪いんです?」
「逃げられた……」
吐き出すようにつぶやいた後、ダービッドさんはフンっと鼻を鳴らした。
「えっ? それって例の事件の犯人ですか?」
「そうだ。まぁ逃げられたというよりも……勝手に始末されたんだろうな。犯人は……」
「いやいや、俺はそれ以上聞きませんからね!」
「犯人は娼館で下働きをしていたロレンシオだ」
いや、だから聞かないって言ってるのに、なんで言うかなこのオッサンは。
「はぁ……まぁ、見掛けたら知らせますよ」
「いや、必要無い」
「えっ、どうしてですか?」
「言っただろう、勝手に始末されたらしい……って」
「それって、どういう意味ですか?」
「人間が一人、忽然と消えちまうなんて裏社会では珍しくねぇってことだ」
ダービッドさんの話によれば、カシュパルさんの寝室の机に置かれていた毒薬は、オルテガさんが購入したものだったそうだ。
俺は知らなかったのだが、毒物の瓶の底には販売者のマークと数字が刻まれていて、問い合わせれば誰が買ったか分かるようになっているらしい。
オルテガさんを憲兵隊の詰所に連行して毒物を購入した経緯を問い質したところ、購入した目的はネズミ退治で、残った毒物はロレンシオさんに保管しておくように命じていたらしい。
そこで、今度はロレンシオさんを連行しようとしたら、行方が分からなくなっていたそうだ。
「あぁ……失敗したぜ。オルテガを引っ張る時に、毒物やら走り書きの内容とかを話しちまった。詰所に来る前に手配を終えてやがったんだろう……」
「えっと、話が良く分からないんですが……」
ダービッドさんの口振りだと、ロレンシオさんはオルテガさんの指示によって始末されたように聞こえる。
「ここから先は、俺の憶測だ……」
カシュパルさんの机に残されていた走り書きの内容は、裏社会の人々が詫びを入れさせる時に使う常套句だそうだ。
全ての罪を認めますと書かせることで逃げ道を塞ぎ、逆らえないようにするらしい。
カシュパルさんは、ミュリエルさんにしつこく付きまとった件で、この常套句を使って二度と近付かないと一筆入れさせられたそうだ。
その時に立ち会ったのが支配人のオルテガさん、門番のゴルドさん、そしてロレンシオさんだったらしい。
机に残されていた走り書きは、その時の誓約書の筆跡を真似て書かれていたらしい。
そしてオルテガさんは、その騒動の際にカシュパルさんの家を確認するように、ロレンシオさんに命じたそうだ。
「誓約書の保管場所を知っていたのは、オルテガ、ゴルド、ロレンシオの三人。ゴルドは死亡、オルテガはそんな面倒な偽装をする必要も無いし、そもそも事件を起こす理由が無い。だとすれば、残るのはロレンシオだけだ」
「ロレンシオさんは、なんでミュリエルさんを殺したんです?」
「さぁな、動機は分からんが、状況証拠から見て、奴が犯人だったのは間違いない」
「じゃあ、ゴルドさんにはどうやって毒を飲ませたんですか?」
「ロレンシオは、ゴルドの所に毎晩夜食を持っていってたらしい。そこに眠り薬でも盛っておいて、意識を失ったところで物置に運んで毒を飲ませたんだろう」
ダービッドさんは、ロレンシオさんに事件当日のアリバイが無いことや、状況証拠を時系列に沿って指を折って列挙してみせた。
所々で推測が混じるし、こじ付けだと思う部分も無きにしも非ずだが、ロレンシオさんが犯人という線は崩れそうもなかった。
ただし、動機が問題だ。
ゴルドさんやカシュパルさんについては、事件の罪を擦り付けるために殺したのだろうが、あまりにも工作が杜撰だ。
それに、ミュリエルさんを殺した理由は何だったのだろう。
「わざわざ毒薬まで用意してまで、殺すほどの理由があったんでしょうか?」
「さぁな、あったんだろうな」
ダービッドさんは、フンっと鼻息を吐き出すとベンチから立ち上がった。
「この件については世話になったから、一応知らせておいてやる……こんな感じで幕引きだ」
「そうですか……分かりました」
幕引きだと言いつつも、ダービッドさんの表情は納得しているようには見えない。
肩を竦めたダービッドさんは、二、三歩踏み出したところで足を止めて振り向いた。
「マサ、仕事で娼館に出入りするのは構わないが、絶対に深入りするな。それは、エリーゼの溜息だけでなく、他の娼館についても同じだからな」
「はい、肝に銘じておきますよ」
「じゃあな……」
ダービッドさんは俺に向かって人差し指を突き付けて警告すると、ヒラヒラと手を振りながら詰所の方角へと歩いていく。
何だか全然スッキリしないけど、本当に幕引きになるのだろうか……。
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