第22話 リュシーの思い
「はぁぁ……」
「ちょっと、いつまで凹んでるつもり?」
カウンター前の列が途切れたところで溜息をついたら、デリアさんにコツンと頭を叩かれた。
「もう、そんなに好きなら自分から告白しちゃえばいいのに」
「いえ、そんな、私は別に……」
「別に何とも思っていない相手なら、娼館に行って何をしようと気にならないでしょ」
「はい……」
私が好意を抱いている人について、マサさんの名前を出してデリアさんに相談したことは一度も無いけど、もうバレてしまっている。
「だいたい、あのヘタレが女遊びをするように見えるの?」
「見えませんけど……前に別の構成員さんが娼館の仕事に行って、その……いい思いをしてきたって自慢げに話してたので……」
娼館の女性は、就業時間以外でも裸同然の格好で寛いでいるとか……仕事でサービスしたら、自分もサービスしてもらったとか……。
安っぽい香水の匂いをプンプンさせながら、締まりの無い顔で自慢げに語る構成員さんに酷く嫌悪感を覚えて、態度に出さないようにするのに苦労した。
マサさんが娼館から依頼を受けるのは、掃除の腕前が際立っているからであって、別に働いている女性がマサさんと仲良くなるためではない。
肉体的な接待を餌にして、専属契約を持ち掛けられたけど断ったと言っていたし、あくまでも仕事で行くのだと頭では理解している。
それでも仕事の最中に裸同然の女性と遭遇して、マサさんも鼻の下を伸ばしているのかも……なんて考えると感情を抑えられなくなるのだ。
「私、マサさんを怒らせちゃいました」
「あいつは、仕事に関しちゃバカ真面目だからね。移籍してきてから、未達成の依頼は一件も無いんでしょ?」
「はい、受けた依頼は全て完了させていますし、依頼主様より追加報酬が支払われることも珍しくありません」
「でしょ、そんな構成員が他にいる?」
デリアさんの問い掛けに首を横に振って答える。
マサさんは、仕事に関しては完璧な人なのだ。
「普段はポヤーっとした感じで頼りないし、ギルドの裏手で小銭稼ぎなんかやってるけど、仕事に関しては特級構成員にランクアップしてもおかしくないほどよ」
「はい、私もそう思います……」
「それにねぇ……男なんて、裸の女がいれば締まりの無い顔になる生き物なのよ。いちいち嫉妬してたら身が持たないわよ」
「そうかもしれませんけど……」
「あたしだけを見てほしい……なんて思ってるなら、自分から結婚してくださいって申し込むしかないわよ」
「け、結婚なんて……」
「あら、したくないの?」
「したくない訳ではないですけど、いきなり結婚は早すぎるといか……」
「はぁ……ホントあんた達ってジレったいわよね」
「すみません……」
「でも、あのヘタレ相手に誘ってくれるのを待ってるようじゃ、いつまで経っても前に進まないし、下手したら別の誰かに攫われるわよ」
「そ、それは駄目です」
「だったら頑張るのね」
「はぁ……」
頑張ると言われても、なにをどう頑張れば良いのだろう。
デリアさんのようにスタイルの良い女性なら、胸元のボタンを外すだけでもアピールになるけれど、私ではボタンを留め忘れているだけにしか思われないだろう。
「はぁ……もうちょっと大きかったらなぁ……」
「なに言ってんの、乳の大きさで釣られるような男はゲスばっかりよ」
「はぁい……」
デリアさんがそう言えるのは、魅惑的なスタイルの持ち主だからだ。
持たざる者の悲しみに暮れていたら、仕事を依頼するお客様が来た。
「こんにちは、キケロさん、ご依頼ですか?」
キケロさんは、私も時々利用している串焼き屋のご主人で、今日もタレの匂いがしている。
「マサに掃除の依頼を出そうと思ったんだが……さっき、そこで憲兵隊の馬車に乗せられてったが、何かやったのか?」
「えぇぇぇ……マサさんが、ですか?」
「あぁ、でも馬車は南に下っていったし、逮捕されたって感じではなかったな」
「そうですか……」
確か、掃除にいった娼館で働いていた女性が変死していて、それをマサさんが発見してしまったと話していた。
その件で憲兵隊の事情聴取を受けたと話していたし、今回もその一件絡みなのだろうか。
「まぁ、マサのことだから、便利に使われてるんだろうよ」
「そうですよね」
「マサはお人好しだからな、頼まれたら断れないんだよ」
「キケロさん、依頼票に書いた以外の仕事を強要することは、ギルドの規定違反になりますからね」
「分かってるよ、マサがサービスでやってくれたとしても、ちゃんと追加の料金は払うから心配いらねぇよ」
「はい、それなら結構です。では、いつものように店舗の掃除でよろしいですね?」
「今、どのぐらい待ちだい? 秋祭りまでに間に合うかな?」
「そうですねぇ……ちょっと厳しいかもしれませんが、マサさんと相談してみますね」
「あぁ、秋祭りまでに終わらせてもらえるなら、二割増しにするって言っておいてくれ」
「かしこまりました、それでは店舗の清掃、料金は千五百リーグ、秋祭りまでに終えられた場合は千八百リーグでよろしいですね?」
「あぁ、それで頼む」
「では、こちらにサインをお願いいたします」
秋祭りを間近に控えて、マサさんへの清掃依頼が増えている。
このままのペースだと祭り当日までに終わりそうもないので、マサさんと相談してみよう。
そう、仕事の話ならば、気負わずに言葉を交わせると思うから……。
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