第18話 報告

 ルカレッリ商会を出てギルドに向かおうと思ったのだが……腹が鳴った。

 よく考えてみると、昨日の昼からろくな物を食べていない。


 諸々の報告に行く前に腹ごしらえをすることにした。


「んー……今日の気分は肉だよな。よし、煙突亭にしよう」


 煙突亭は、何度か掃除の依頼を受けた食堂で、特製オーブンを使った肉料理を売りにしている。

 大きな固まりのまま、ジックリと時間を掛けて焼き上げるので、中心部は生のように見えてしっかりと火は通っている。


 肉は色々な種類があって、牛、豚、羊、イノシシ、鹿、オークなどの中から二種類が提供される。

 さて、今日は何と何の組み合わせだろうか。


 ルカレッリ商会からギルドの方に少し戻って、街道から一本裏道に入ったところに煙突亭がある。

 店の名前の由来になった通り、大きな煙突がトレードマークの店だ。


 昼の鐘が鳴る頃には、毎日行列ができる人気店だが、まだ開店直後とあって空いていた。


「こんちわ~」

「あら、マサさん、今日は掃除は頼んでないわよ」


 笑顔で出迎えてくれたジーナさんは、ここ煙突亭の女将さんで、サバサバした姐御肌のお姉様だ。

 年齢は、四十代に入っているようだが、エネルギッシュで年齢を感じさせない。


「なんか、色々ゴタゴタしちゃって、中途半端な時間になってしまったので腹ごしらえに来ました。今日は……どっちがお薦めですか?」

「どっちもお薦めだけど、今日は鹿がお薦めだよ。しっとり良い感じに焼き上がってるわよ」

「じゃあ、それをお願いします!」

「はいよ、鹿一丁!」

「あいよ!」


 厨房から響いて来た威勢の良い声が、ジーナさんの旦那イゴールさんだ。

 真面目な職人気質の人で、初めて依頼を受けて掃除を来た時には、余りにもオーブン周りが綺麗になったのに驚いて、ボロボロ涙を流したのには俺も驚ろかされた。


「はいよ、おまたせ、鹿のグリルだよ」

「おぉ、来た来た、美味そう!」


 じっくり焼き上げた鹿肉は、ステーキサイズにカットされて皿に盛られている。

 付け合わせに山盛りのマッシュポテト、赤紫色のソースが掛けられていた。


「んっ! なにこのソース、甘酸っぱくて凄く爽やか。うん、鹿肉との相性も抜群!」

「それはコケモモのソースよ」

「コケモモかぁ……んー、肉がめちゃくちゃ柔らかくて、噛むほどに旨みが溢れてくるよ」

「鹿肉は、火を通し過ぎちゃうと硬くなっちゃうからね。これが最高の食べ方よ」


 以前、別の店で鹿の焼肉を食べたことがあるが、火を通し過ぎてしまったのか、物凄い歯応えがあった。

 煙突亭の鹿のグリルは、ナイフがスッと通るぐらい柔らかい。


 スライスしたバゲットに、マッシュポテトと鹿肉を乗せ、ソースを塗って口に運ぶと、山のエネルギーを丸ごと食べている気分になった。

 ガッツリ肉を食べ、バゲットでソースもマッシュポテトも綺麗に拭って腹に収め、最後は食器にまとめて清浄魔法を掛けた。


「ごちそうさまでした」

「あらやだ、皿洗いまでしてくれたの」

「めちゃくちゃ美味しかったです。イゴールさん、ごちそうさま!」

「あいよ、ありがとね!」


 腹ごしらえは出来たけど、これから行くとギルドは昼休憩の時間になってしまう。

 午後の営業が始まるまで、時間を潰そうと、中央広場に足を向けた。


 広場の真ん中には、山から水を引いた噴水があって、日差しは強かったけど涼しい風が吹いていた。

 噴水の風下にあるベンチに腰を下ろして、暫しの休息を楽しむ。


 なんていうか、日本みたいにあくせくしていなくて、時間がゆっくり流れているように感じる。

 目を閉じると、人々のざわめきは聞こえるが、自動車の騒音も耳障りな音楽も聞こえてこない。


 東京生まれで東京育ちなのに、新宿や渋谷の雑踏に馴染めなかった俺は、フェーブルに来る運命だったと思ってしまう。

 何も考えず、少しうとうとした後でギルドに向かうと、丁度午後の営業が始まったところだった。


 ギルドに入る前に、入念に清浄魔法を掛ける。

 外見だけでなく、口の中も綺麗にしておいた。


 ギルドの内部は、休憩が明けたばかりなので、ガラーンっとしていた。

 カウンターに歩み寄っていくと、俺を見つけたリュシーちゃんが、椅子を蹴立てて立ち上がった。


 俺が微笑み掛ける前に、リュシーちゃんにギロっと睨まれて、思わず足が止まってしまった。

 どうなってるんだ、心配してくれるどころか激オコみたいなんだけど。


「お疲れ様でした、マサさん」

「は、はい……」


 ヤバい、カウンターに向かって踏み出した足が震えている。


「昨日の依頼は二件だけでしたが、随分と時間がかかったんですね」

「えっと……色々ありまして」


 怖ぇぇぇ……なんでこんなにピリピリしてるんだ。

 チラっと隣りのデリアさんに視線を向けても、フンって感じでそっぽを向かれてしまう。


「では、依頼完了の報告をどうぞ」

「あっ……はい、この一件です」


 肉屋のビアッジョさんの依頼完了のサインを提出すると、更にリュシーちゃんの表情が冷たくなった気がした。


「もう一件はどうされたんです?」

「あっちは、事情があって中断しました」

「事情……ですか」


 リュシーちゃんは、右手の人差し指で、コツコツとカウンターを叩いて続きを促してきた。


「えーっと、変死体が発見されて、憲兵隊を呼ぶ騒ぎになっちゃいまして……」

「えっ……変死体?」

「そう、嬢の一人がベッドの中で亡くなっているのを発見しちゃって。勿論、俺が殺した訳じゃないけど、憲兵隊に詰所まで連れて行かれて、昨日は帰ってこられなかったんだ」

「そうだったんですね……私はてっきり娼館に泊ったのかと思って……」

「あー……無い無い、それは無い。そうだ、憲兵隊の留置場を掃除することになって、これ、その報酬だから俺の口座に入れておいて」

「えっ、一万リーグですか?」

「あぁ、そっちも訳ありでね、全部話すと時間が掛かるから、また忙しくない時にでも」


 午後のこの時間は、依頼を申し込む人が多く訪れるようで、カウンター前が混雑してきた。

 肉屋の依頼完了の報告と、ルカレッリ商会で受け取った一万リーグを口座に入れておくように頼んでカウンター前から退散した。

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