第17話 ルカレッリ商会

「マサ、出ていいぞ」


 翌朝、俺は無事に留置場から出してもらえたが、アドルフォのオッサンはまだ出してもらえないらしい。

 昨夜書いてもらった証文は、アドルフォのオッサンが不在でも支払ってもらえるようになっているらしいので、後でルカレッリ商会を訪ねるとしよう。


 一階へ通じる階段を昇っていくと、ダービッドさんが待ち構えていた。


「マサ、留置場の掃除ご苦労だったな」

「まったく……ただ働きじゃないから文句は言いませんが、次から依頼は値上げさせてもらいますからね」

「うぉ……ガッチリ儲けたんだろう? そんなこと言うなよな」

「嫌ですよ、これまでの値段じゃ受けませんからね」

「そんじゃあ、また泊まってもらうことにするかなぁ……」

「うげぇ、そう来るか……」

「まぁ、冗談はそのぐらいにして……ゴルドが見つかったぞ」

「えっ、どこにいたんですか?」

「娼館の物置だ」

「えっ……物置?」

「毒殺されていた」

「えぇぇぇ!」


 冗談でしょうと言い掛けたが、ダービッドさんはギョロリとした目で俺を射抜くように見詰めていた。


「ミュリエルさんと同じ毒物なんですか?」

「おそらくな……」

「ダービッドさん、これって娼館内部の人間の犯行では?」

「どうしてそう思う?」

「ゴルドさんが外の人間に一服盛られるとは思えないですし、色々と事情を分かっている人間じゃないと、誰にも見られずにミュリエルさんの部屋まで辿り着けない気がします」

「そうだな、俺もそう思うが……肝心の毒物が見つかってねぇ」

「処分したのでは?」

「どうやって?」

「そこまでは分からないですが……」


 俺が言葉を濁すと、かぶせるようにダービッドさんが話し始めた。


「処分する理由がねぇんだよ。ゴルドの死体のそばに放り出しておけば、自殺を装うことも出来ただろうに」

「なるほど……」

「マサ、お前どうせエリーゼの溜息の掃除を頼まれるだろう。二人も死んでるしな」

「まぁ、そうなると思いますけど……」

「お前は目ざとい、不審な物が置かれていないか良く見ておけ。そして、何か見つけたら知らせろ」

「分かりました。エリーゼの溜息の掃除が終わったら、一度報告に来ますよ」

「そうしてくれ」


 ダービッドさんにポンっと肩を叩かれ、ようやく憲兵隊から解放された。

 街の中心へと向かい街道をダラダラと下り、ギルドの前でちょっと考えてから通り過ぎた。


 先にルカレッリ商会に行って金を受け取ることにしたのだ。

 ルカレッリ商会は街の中心から街道を南に進み、十五分ほど歩いたところにある。


 元は別の場所にあったらしいが、こちらの土地を買い取って移転してきたらしい。

 いわゆる老舗の商会ではないが、今フェーブルで最も勢いのある商会といって良いだろう。


 重厚な木の扉を開けて内部に足を踏み入れると、床は大理石張りになっていた。

 正面の受付で女性社員がニッコリと微笑んで出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」

「すみません、こちらの証文を換金したいのですが……」

「拝見しますね……こ、これは、しょ、少々お待ちください」


 証文に目を通した女性社員は、血相を変えてフロアーの奥へと走っていった。

 暫くして戻ってきた女性社員は、四十代ぐらいの痩せた男性と一緒だった。


 冷や汗なのか脂汗なのか、しきりに薄くなった額に浮いた汗をハンカチで拭っている。


「私は、ルカレッリ商会で番頭を務めておりますフォレモと申します。少しお時間をいただけないでしょうか?」

「まぁ、構いませんけど……」

「では、どうぞこちらへ……」


 フォレモさんは、女性社員にお茶と金を準備するように申し付けると、先に立って廊下を進み始めた。

 連れていかれた先は、商談に使うための応接室だった。


 室内は落ち着いた雰囲気で派手さは無いが、テーブルもソファーも上質なものが置かれている。


「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。実は急に会長が連れていかれてしまって、私どもには情報が殆どありませんで……」

「あぁ、なるほど……それじゃあ俺が知ってる範囲で教えましょう」


 フォレモさんの話によれば、昨日急に憲兵隊が現れて、半ば問答無用でアドルフォのオッサンを連行していったらしい。

 ダービッドさんは、あくまで捜査協力という形にしろって言ってたけど、まぁ憲兵と平民の意識の違いみたいなものなのだろう。


 あまり細かい内容まで話すとダービッドさんに怒られそうなので、ざっくりと事件の概要とアドルフォさんが連れて行かれた理由を話した。


「会長は、どの程度疑われているのでしょうか?」

「さぁ、ハッキリしたことは言えませんけど、まだ完全に潔白が証明できないから取りあえず拘留している……程度じゃないですか」

「そうですか、それではあまり長期の拘留にはならないと……?」

「俺の印象ですけど、今日か明日には出してもらえると思いますけどね」

「はぁぁ……そうですか、それは助かります。なにせ商売に関するあれこれが、会長の頭の中でして……」


 どうやらルカレッリ商会は、アドルフォさんのワンマン経営のようだ。

 それにしても儲かっているようで、出されたお茶と焼き菓子も上等なものだった。


 用意してもらった一万リーグの金貨を確認し、受け取りにサインをしてルカレッリ商会を後にした。

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