第14話 誤った判断

「駄目だ、客の名前は明かせない」


 廊下の壁に寄り掛かっていたら、部屋の中からオルテガさんの声が響いてきた。


「関わりがあった人間から状況を聞く、これは規則だからやるんじゃねぇ、そいつの嫌疑を晴らすためでもあるんだぞ」

「客の素性は明かさない……そいつは歓楽街の決まりだ。そいつを破っちまったら信用を失う」


 どっちが堅気か分からないほどドスの効いた声でダービッドさんが説得を試みたが、オルテガさんを翻意させられないようだ。


「昨夜の客は泊まらずに帰ったが、ミュリエルは見送りに出なかった。つまり、その時にはもう殺されていたかもしれない。昨夜の客が犯人である可能性は十分にある。その客の名を明かせないなら、俺らとしては、嬢全員から話を聞かなきゃいけなくなるし、客の素性がわかるまで拘留しなきゃならなくなるが、それでも構わないのか」

「手前、汚ねぇぞ」

「何とでも言え、どんなに蔑まれようとも、殺しなんかする野郎は野放しになんかしねえぞ。そもそも、お前のところのナンバーツーが殺されてるのに、仇を討ってやろうと思わねぇのか? そっちの方が筋の通らない話じゃねぇのかよ」

「……分かった、その代り大ぴらにならないように配慮してくれ」

「いいだろう」


 憲兵隊は、この国では正義の象徴だ。

 憲兵隊と聞くと軍隊の中の警察組織を連想するが、この国では一般人に対する警察行為も担っている。


 理由は、魔物の討伐を生業としているギルドの構成員が罪を犯した場合、力で対抗する必要が生じるからだ。

 憲兵隊には強力な捜査権限が与えられている一方、隊員が罪を犯した場合の罰則は一般人よりも遥かに厳しいそうだ。


 噂によれば、内部監査を担当する者が。各地に潜入していて告発を繰り返しているらしい。

 そんな正義の象徴たる憲兵隊の隊長に理詰めで迫られれば、オルテガさんでも白旗を揚げるしか無かったようだ。


 昨夜の客と思われる男の名が語られたようだが、俺のところからでは良く聞き取れなかった。


「おい! 一っ走りして、こいつを詰所まで引っ張ってこい。ただし、あくまでも捜査に協力してもらうという形で話を進めろ。いいな?」

「はっ、了解しました!」


 命令を受けた若い憲兵が飛び出していった。

 事情聴取を終えて出て来たオルテガさんに声を掛ける。


「オルテガさん、掃除は日を改めてやらせてもらいます」

「すまないな、マサ。ギルドとも調整して、報酬を上乗せするから勘弁してくれ」

「いえ、事情が事情ですから仕方ありませんよ」


 掃除の残りは別の日に回してもらって、ギルドに事情を報告しに戻ろうと思ったら、ダービッドさんに待ったを掛けられてしまった。


「マサ、詰所まで来てもらうぞ」

「えぇぇ……俺、ギルドに報告に行かなきゃいけないんですけど」

「バカたれ、遺体を発見した人間が、そんなに簡単に帰れると思うなよ」

「うへぇ……マジすか?」

「マジに決まってんだろ、ほら行くぞ!」

「はぁ……」


 いかついオッサンの後に続いて憲兵隊の馬車に乗り、街の北側にある軍の施設に向かう。

 フェーブルは国境の街でもあるので、街の北側には防衛のための駐屯地があるのだ。


 駐屯地には、国境の検問所の他に憲兵隊の詰所もある。

 何度か掃除で訪れているが、まさか容疑者として連れていかれるとは思ってもいなかった。


 護送用の馬車には検視を行うために、ミュリエルさんの遺体も乗せられている。

 日本では考えられない状況だが、こっちの世界に来て慣らされてしまった。


 街の外に出れば、街道の上だって魔物に襲われることがあるし、人の死は日本よりも遥かに身近なのだ。

 馬車が動き出したところで、ダービッドさんが話し掛けてきた。


「マサ、お前なんで門番のゴルドがいなかったことを黙っていた?」

「うぇ? いや、ミュリエルさんの件とは関係ないかなぁ……と思って」

「嘘つけ、余計なことを喋ってオルテガに睨まれたくなかったんだろう?」

「はぁ……」

「バカたれが……義理立てする相手を間違えるな。うちからだって仕事貰ってんだろう?」

「はい……」


 俺が話さなくても誰かが話すだろうし、俺が喋ったとなるとオルテガさんに睨まれそうだと思ってしまった。

 普段はにこやかに対応してくれているが、オルテガさんは裏の世界に暮らす人だ。


 睨まれたら仕事が無くなるというよりも、面倒事に巻き込まれるんじゃないかと思ってしまったのだが、結果として失敗だったようだ。


「事件が起こったら、普段と違うところを疑うのは当り前だろう。ゴルドがやったのか、それとも犯人を追い掛けていなくなったのかは分からないが、それを判断するのは俺らだ。余計な義理立てして、無駄に疑われるようなことしてんじゃねぇよ」

「すいませんでした……」

「最初から、全部素直に吐いてれば、詰所まで行かなくても済んだんだぞ」

「うぇ、マジですか?」

「自業自得だ、諦めろ。詰所に着いたら、娼館に着いたところから、ミュリエルの遺体を発見するところまで、もう一度全部話してもらうからな」

「はぁ……分かりました」


 これから詰所まで連れていかれて、それから再度の事情聴取を受けて、何時になったら帰れるのだろうか。

 こりゃあ、依頼完了の報告をするのは明日になりそうだ。


 あー……リュシーちゃんに心配掛けちゃうかなぁ。

 てか、全然心配されてなかったら悲しいなぁ……。

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