第13話 憲兵隊

 ロレンシオさんが出て行ってから三十分程経った頃、ドカドカと裏の階段を上がってくる複数の足音が聞こえてきた。


「あの馬鹿、裏に入れやがって……」


 オルテガさんとすれば、部外者である憲兵隊には表から入ってもらうつもりだったのだろう。

 鋭く舌打ちしながら、裏側へと続く廊下の隠し扉を睨んだ。


「こ、こちらです」

「うむ……」


 汗だくで青い顔をしたロレンシオさんに続いて廊下に踏み込んで来たのは、憲兵隊のダービッドさんだった。


「おっ、マサじゃねぇか、こんな所で何を……って、仕事か?」

「はい、俺が仕事中に発見しました」

「そうなのか、それじゃあ後で話を聞かせてもらうぞ」

「はい」


 俺は憲兵隊の施設の掃除も依頼されたことがあり、ダービットさんとはその時に顔見知りになった。

 四十代後半ぐらいで、顔も体も四角いというイメージのいかついオッサンだ。


 綺麗に剃りあげたヒゲが青く見えるほど濃く、少し額の生え際が後退しつつある。

 ギョロリとした目玉で睨まれると、腹の中まで見透かされているような気分にさせられる。


「現場はここか? 最初に足跡を調べろ、終わったら呼べ」

「かしこまりました!」


 ダービッドさんは、日本でいうところの鑑識業務をする隊員に部屋の中に残っている足跡を調べるように命じた。

 調べるといっても、日本の鑑識のように様々な機械を駆使する訳ではなく、床に残った痕跡を虫メガネで眺めて、足跡の特徴を紙に写し取るだけだ。


「さて、どういう状況で見つけたのか話してもらおうか」


 ダービッドさんのギョロリとした目が俺に向けられたが、直後に廊下の先へと視線は移動した。


「ふわぁぁぁ……なぁに? うるさくて寝てられないじゃない……」


 現れたのは、髪の毛ボッサボサで何も身に着けていないアイリーヌさんだった。


「こいつは眼福……と言いたいところだが、若い連中の手が止まっちまうから何か着てくれ」

「何の騒ぎなの?」


 事情が呑み込めないアイリーヌさんにオルテガさんが歩み寄り、自分の部屋に戻るように促した。


「えっ? 嘘でしょ!」


 二人の姿が消えた廊下の向こうから、アイリーヌさんの驚く声が聞こえてきた。


「マサ、話してくれ」

「はい、今日はギルド経由で清掃の依頼を受けて来ました」


 玄関ホールから掃除を始めて、ミュリエルを発見するまでをかいつまんで説明した。


「それじゃあ、部屋に掃除の魔法は掛けてないんだな?」

「はい、臭いが酷かったんで掛けようと思ったんですが、あまりにも様子が変なので直前で止めました」

「そうか、そいつは助かった。お前さんに魔法を掛けられていたら、殆どの痕跡が無くなっちまってただろうからな」

「すみません、こんな事になってると思わなかったんで、ここから表の階段は全部掃除を終えてしまいました」

「まぁ、そいつは仕方ねぇが、たぶん大丈夫だろう」


 ダービッドさんは、ニヤっと自信ありげに笑ってみせた。


「隊長、終わりました。足跡らしき痕跡は全部で五種類、男と思われるものが四種類、女と思われるものが一種類です」

「よし、分かった。おい、マサの足型を取っておけ」

「えっ、俺もですか?」

「当り前だ、関係者のものは全部取るぞ」


 鑑識担当と入れ替わるようにダービッドさんが室内に入り、俺は足型を取られる羽目になった。

 暫くして、部屋の中を調べていたダービッドさんに呼ばれた。


「マサ、ちょっと発見した時の様子を再現してみせろ」

「はい、分かりました」


 ドアを開けて部屋に入ったところから、ベッドサイドに歩みよってミュリエルさんの様子を確かめたところまでを再現した。


「あの……俺が発見した時は、その薄掛けは首まで掛けられていましたが……」

「あぁ、それはいい。外傷がないか調べるために俺が剥いだ」


 ベッドの上のミュリエルさんは、何も身に着けていない状態で大の字で横たわっている。

 アイリーヌさんの健康的な裸体とは違って、肌が青黒く変色しつつあった。


 大きく開かれた両足の間には、失禁による染みが広がっている。


「毒殺……なんですか?」

「あぁ、間違いないな。昨晩は客を取っていたって話だから、死んだのは早くても夜半過ぎだ。普通の死人は、こんな色に変色しない。これは、血に作用する毒物を飲まされた死体に現れる兆候だ」


 ダービッドさんによれば、魔物やネズミ退治に使われる毒物は血の働きを阻害するそうで、血液が凝固することで肌が変色して見えるらしい。 


「その毒物って、薬屋で手に入るんですよね?」

「なんだ、誰かに一服盛ろうってか?」

「いえいえ、盛られたら困ると思って」

「あぁ、めちゃくちゃ苦いから、食い物に混ぜた程度じゃ絶対にバレるから心配いらんぞ。それに、味が誤魔化せる程度の量では効き目が無い」

「えっ? じゃあ、どうやってミュリエルさんに飲ませたんですか」

「さぁな、それはこれから調べるが、酔い潰してから無理やり飲ませた……といった所かな」


 どうやら、飲み物や食べ物に混ぜられたものを気付かずに口にした……というパターンではないらしい。


「おい、支配人を呼んでこい。それと、マサ……まだお前の容疑が完全に晴れた訳じゃないからな」

「えぇぇ、そんな……俺にはミュリエルさんを殺す理由なんてありませんよ」

「だとしてもだ。最初に捜査にキッチリ協力して、完全に疑いを晴らしておけ。でないと、後で面倒な事になっても知らんぞ」

「はぁ……分かりました」


 オルテガさんの事情聴取が始められたが、俺は廊下で待機しているように命じられてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る