第12話 予想外の事態

 娼館『エリーゼの溜息』のナンバーワン嬢であるアイリーヌさんが天然系聖女タイプだとすると、ナンバーツーのミュリエルさんはイキり女王様タイプだそうだ。

 勝気で高飛車な態度がベッドの上では一変、全面降伏のメス堕ち状態で男の加虐願望を満足させるらしい。


 うん、同性ながら男ってホント馬鹿な生き物だよな。

 勿論、被虐願望の客には、終始傲慢な態度で要望に応えているそうだ。


 どちらのパターンにしても、プレイの内容はアイリーヌさんに比べると過激になるので、部屋の荒れ方も他の嬢よりも酷くなりがちだ。

 なので、深呼吸を繰り返し、覚悟を決めてドアを開けた。


「掃除屋で……うっ」


 覚悟を決めていたのだが、部屋にこもった異臭に言葉を失った。

 すぐさま清浄魔法を発動させようかと思ったのだが、部屋の内部に本来あってはいけない物を認識して咄嗟にワンドを振るのを止めた。


 この世界には、固有魔法の他にスキルとよばれるものがある。

 固有魔法は先天的に与えられる魔法で、スキルは後天的に獲得する超常能力を指す。


 俺と一緒に召喚された奴らは強力な固有魔法の他に、身体強化、物理耐性、状態異常耐性などのスキル山盛り状態だったが、俺は清浄魔法のみでスキル無しだった。

 今現在、俺が使っているスキルは、清浄魔法の発動を繰り返しているうちに獲得したもので、その能力は物体の認識だ。


 召喚された当時、掃除をする時に汚れの種類を考えながら魔法を発動させた方が綺麗になると分かって、より一層掃除をする対象について観察するようになった。

 それを繰り返していると、ある日突然汚れが何で構成されているのか分かるようになったのだ。


 たとえば、厨房の汚れであれば煤と油分、風呂場であればカビや水垢といった感じだ。

 そして、ミュリエルさんの部屋で俺が認識したのは毒物だった。


 毒物は、魔物の討伐やネズミ退治に使われるため、薬屋で販売されている。

 薬屋の掃除でも見掛けたし、ギルドの説明でも見せてもらった。


 認識のスキルを会得した頃には、街の外で薬草採取をしながら毒草や毒きのこを認識できるように訓練したこともある。

 おかげで毒物は事前に察知できるようになったが、これまで自分が盛られるような事態には遭遇していないし、今回のようなケースも初めてだ。


 室内に余計な痕跡を残さないように気を付けながら、馬鹿デカイ天蓋付きのベッドに歩み寄る。

 アイリーヌさんと違って、ミュリエルさんは首の辺りまで薄掛けを掛けて横たわっていたが、その表情は普段の美貌が想像できないほど苦悶に歪んでいた。


 気を落ち着けようと深呼吸すると、室内にこもった異臭を思い切り吸い込んでしまい、咽そうになってしまった。

 気を取り直して確認すると、ミュリエルさんの胸は微動だにしておらず、顔色からも既に命が失われているのが分かった。


 近付いた時と同様に気を付けながら部屋の外に出てドアを閉め、改めて深呼吸してから事務所に向かった。

 俺が出て来た一階の隠し扉は既に閉ざされていて、開け方も分からないのでノックして声を掛けた。


「すみません、掃除屋ですが……」


 少しの間があった後、怪訝そうな顔つきをした支配人のオルテガさんが隠し扉を開けてくれた。


「どうかしたのか?」

「オルテガさん、ミュリエルさんの様子が変なんです」

「変って……酔っぱらって絡んで来るとかか?」

「いえ……亡くなられているようなんですが」

「なんだと……」


 ミュリエルさんの変死を伝えた途端、オルテガさんは眉間に深い皺を寄せ雰囲気を一変させた。

 ギロっと睨まれた瞬間、本能的にられたと感じたほどだ。


「中は掃除したのか?」

「いえ、様子が変だったので、なるべく余計なものには触れないようにして、ミュリエルさんの様子だけ確認しました」

「よし、付いて来い……おい、ロレンシオ、ちょっと来い!」

「は、はい、い、今行きます!」

「四階だ!」

「は、はいぃ!」


 ロレンシオさんに声を掛け、オルテガさんは玄関ホールを突っ切って階段へと足を向けた。

 オルテガさんは、階段を上りかけたところで足を止めて振り向いた。


「マサ、ここの掃除は?」

「すみません、もう済ませてしまいました。あと、アイリーヌさんの部屋も……」

「そうか……」


 数秒考えを巡らせた後、オルテガさんは四階に向かって階段を上がり始めた。

 俺とオルテガさんが四階に着くと、少し息を切らせたロレンシオさんが隠し扉から廊下に出て来るところだった。


 それを確認したオルテガさんは、無言で頷いた後で廊下を進んでミュリエルさんの部屋のドアを開けて内部へと踏み込んだ。


「マサさん、なにかあったんですか?」

「ミュリエルさんが……亡くなられているみたいです」

「えぇぇぇ! じょ、冗談ですよね?」


 事情を伝えるとロレンシオさんの顔からはみるみる血の気が引いていき、ガタガタと震え始めた。

 そこへ、部屋の中からオルテガさんが戻ってきた。


「ロレンシオ、憲兵隊に知らせて来い。恐らく殺しだ……」

「は、はい!」


 ロレンシオさんはガクガクと頷いて、隠し扉から裏の階段を下りていった。


「オルテガさん、自殺という線は?」

「ねぇな、自殺するようなタマじゃ、ナンバーツーにはなれねぇよ」

「あっ……」

「どうした?」

「そういえば、裏門を訪ねた時にゴルドさんがいなかったんですが」

「なんだと、本当か?」

「はい、二度ほど呼び掛けてみて、返事が無かったから門を押したら鍵が掛かっていなくて……」

「ゴルドが? いや、そんなはずはねぇ……他に何か変わったことは?」

「いえ、特には無かったです」

「そうか……」


 オルテガさんは、腕を組んだ状態で壁に寄り掛かり、考えを巡らせているようだった。

 もし、毒物によってミュリエルが殺害されたのだとしたら、犯人は一体何者なのだろう。


 この後、憲兵隊が現れるまで、重たい沈黙の中で蛇に睨まれたカエルのような気分を味わわされた。

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