第9話 気乗りしない依頼

 途中、森林ゴブリンに遭遇したものの、無事にフェーブルの街まで戻った俺は、自分の体に入念に清浄魔法を掛けてからギルドのドアをくぐった。

 いつもよりも少し遅い時間だが、ギルドはまだ混雑していない……にも関わらず、リュシーちゃんの前にはゴツい男の背中があった。


 いや、別にリュシーちゃんは俺専属の受付嬢じゃないから、他の構成員の対応をするのは当然なんだけど、俺の場合は個人を指名する依頼があるし、それはリュシーちゃんが一番良く分かってくれいるから……てか、単純にムカつく。

 手前、依頼完了の報告が終わったら、さっさと消えやがれ。


 てか、消しちゃうか……清浄魔法フルパワーで、跡形も無く消してやろうか、この野郎め。


「しつこい男は嫌われるわよ……」


 ギルドの中に凛と響いた声の主は、受付嬢を統括しているデリアさんだ。

 歳は……置いといて、ブラウンのウェーブした長い髪、ギルドの制服が窮屈そうに見えるメリハリの利いたスタイル、艶っぽい雰囲気はファビュラスな姉妹を連想させる。


 旦那のボニートさんはフェーブルギルドで一、二を争う腕利きの構成員で、寡黙な性格だが城壁を連想させる巨体に逆らおうとする奴はいない。

 実質的に、フェーブルギルドを仕切っている夫婦と言っても過言ではない。


 そのデリアさんから釘を刺されれば、リュシーちゃんに張り付いて男もスゴスゴと退散するしかない。

 へっ、ざまぁ、尻尾を巻いて帰りやがれ。


 それでは、依頼完了の報告といきますかね。


「お疲れ様でした、マサさん」


 天使がいる……絶対にリュシーちゃんは天使の生まれ変わりに違いない。


「どうも、処理場の掃除、無事に完了しました」

「はい、あの、帰りはどうされたんですか?」

「えっ、歩いて来たけど」

「えっ、大丈夫でしたか?」

「あぁ、森林ゴブリンは見掛けたけど、遠くにいただけだから問題なかったよ」

「あの、魔物除けは……」

「あぁ、場長に頭からぶっかけられた……でも、街に入る時に清浄魔法を使ったから臭わないでしょ?」

「はい、全然匂いません」


 リュシーちゃんは、すんすんと匂いを嗅ぐ素振りをした後で、ニッコリと微笑んだ。

 うん、天使……俺の天使。


 これはもう秋祭りに誘うしかない。


「あ、あの……」

「はい、明日の予定ですね」

「う、うん、そう……」


 いつもリュシーちゃんを選んで依頼完了の報告をしているので、俺への依頼を用意してくれているのだ。


「明日は……」


 依頼票を捲っていた手が止まり、リュシーちゃんの眉間にちょっとだけ皺が寄った。


「えっと、どうかした?」

「いえ、三件でよろしいですか?」

「とりあえず、見せてもらえる?」

「はい……」


 気が進まない様子でリュシーが差し出した依頼は、一件目は肉屋の掃除、そして二件目が問題だった。


「あぁ、ここか……」

「どうされますか?」

「依頼自体は掃除だし、報酬も悪くない、でもちょっと勧誘がしつこいんだよなぁ……」


 二件目の依頼は、娼館の掃除だ。

 街道の宿場町としても、観光地としても栄えているフェーブルには、三軒の娼館がある。


 いずれの娼館も俺の得意先になっているのだが、依頼票の娼館からは専属にならないかと勧誘を受けている。

 専属にできれば、営業時間中でもバンバン浄化してもらえるから、掃除や洗濯などの手間を大幅に削減できるからだ。


 専属になってくれれば契約金の他に、そっちのサービスもたっぷりと提供すると言われているけど、丁重にお断りしている。

 コンドームという防衛装備が無い世界では、どんな病気をもらうか分かったものではない。


 一応、清浄魔法を使った対策も考えているのだが、あくまでも机上の論理であって、実戦に耐えうるかは未知数なのだ。


「あの……お断りしますか? 指名の依頼だからといって、必ずしも受けなければならない訳ではありませんけど……」

「でも、ギルドの募集要項には反してはいないんだよね?」

「はい、掃除の範囲あたりの料金としては基準を満たしていますし、むしろ破格と言っても良いです」

「受けるよ、でも時間が掛かりそうだから明日は二件だけにしておく」


 俺が依頼を受けると言うと、リュシーちゃんは少し不満げな表情を浮かべた。


「やっぱり、マサさんもこういうお店に行きたいからですか?」

「いやいや、俺は依頼以外では行ったこと無いからね」

「そうなんですか?」

「そうそう、行ってないよ。今回依頼を受けるのも、料金の良い依頼が増えれば、清掃の仕事全体で待遇が上がると思ったからだよ。それに……」

「それに……?」

「娼館で働いている人達は、色んな事情を抱えているんだと思うし、依頼主が娼館だというだけで断ることはしたくない」


 キッパリと言い切ると、リュシーちゃんはハッとしたように目を見開いてみせた。


「分かりました、では明日はこちらの二件の受注ということでよろしいですね」

「うん、よろしく」


 俺は職業で差別をしたりしないんだぜ……というポーズを決めて、受注票を受け取ってカウンターを離れた。

 うーん……何か大事なことを忘れているような気もしないではないが、小銭稼ぎをしているうちに思い出すだろう。


 続々と依頼完了の報告に戻ってくる構成員の流れに逆らって、ギルドの裏手に足を向けた。

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