第7話 清浄魔法の秘密

 俺が清浄魔法の秘密に気付いたのは、人並に魔法が使えるようになって、城から出て自立することを考え始めた頃だった。

 一緒に召喚された陽キャ五人組の勇者パーティーは、着実に力を付けて魔物の討伐でも実績をあげていて、差が開くばかりだと感じていた。


 ぶっちゃけ、一線級の実力者とも肩を並べるようになった連中と比較されるのが苦痛だった。

 必死に清浄魔法に磨きをかけて、風呂も洗濯も便所で尻を拭く紙さえも必要無いほどになったけど、訓練場の的を粉々にするような魔法とは比べ物にならなかった。


 もしも、俺が陽キャの一人とガチで勝負をしたら、秒殺されるのが目に見えていた。

 清浄魔法は、どこまでいっても清浄魔法でしかなく、戦闘の役には立たない……そう思い込んでいた。


 鬱屈した思い抱えながら、清浄魔法の訓練を兼ねて城の食糧庫を掃除していた時だった。

 掃除の最中に、こちらの世界のGと遭遇したのだ。


 上から見たフォルムは日本のGとソックリなのだが、五割り増しから倍ぐらいの大きさで足は十本もある。

 そいつが物陰からガサガサガサ……っと飛び出して来たから、咄嗟に清浄魔法を撃ち込んだのだ。


 すると次の瞬間、Gは光の粒子に包まれて消えてしまった。


「えっ……嘘だろ……」


 その瞬間まで気付かなかったのも間抜けな話だが、清浄魔法によって取り除かれた汚れは、どこかに移動するのではなく消えてしまっていた。

 では、その汚れはどこに消えてしまったのか。


 そもそも、汚れとそれ以外の物質は一体何が違っているのか。

 検証を重ねた結果、俺が汚れと認識したものは浄化、消去されてしまうことが分かった。


 Gが消失した瞬間、俺は無意識にGを汚れと認識して消えろと念じていたらしい。

 ただし、対象の大きさや帯びている魔力の強さによって、消去に必要となる魔力の量が異なるようだ。


 その当時、消失させられる物体の限界は、せいぜい一センチ角の立方体程度だった。

 Gを消せたのは、火事場の馬鹿力的に能力が一時的に上がった結果だと思われる。


 その後、魔力値を増やすために魔法を使い続けたりしたので、消失させられる物の大きさは格段に増えているが、あまりにも危険なので掃除以外での使用を制限している。

 もし魔法一発で、人間を跡形も無く消せると知られたら、周囲の人間は俺を危険視するだろうし、良からぬことに利用しようと考える者も出てくるだろう。


 三頭の森林ゴブリンに襲われた時も、足の裏の皮だけを汚れだと認識して清浄魔法を発動させた。

 その結果、足の裏の皮が消えて肉が剥き出しになり、森林ゴブリンは痛みで歩けなくなって蹲っていたのだ。


 魔物とはいえ、神経が剥き出しになった足の裏では歩くだけでも激痛が走るはずだ。

 実際、俺から見えている間に立ち上がれた森林ゴブリンは一頭もいなかった。


 森林ゴブリンを丸ごと消した所を目撃されたら危険視されるだろうが、皮一枚を消したのだけなら、清浄魔法の使い方を工夫した結果だと思ってもらえるはずだ。

 平穏な生活を守るためには、高すぎる能力は隠して少し有能程度に思わせる必要があるし、そのための工夫や努力は惜しまないつもりだ。


 魔物から逃げる手段は持っているけど、討伐するほどの威力は無い。

 魔物からは逃げるけど、しつこい汚れには敢然と立ち向かう程度の人間だと思われている方が楽だ。


 俺と一緒に召喚された陽キャ五人組は、勇者パーティーとして祀り上げられて、海の向こうの魔族領に攻め込んだらしい。

 時々、王都の方から来る商人たちが運んで来る噂には、連戦連勝の快進撃を続けているというものもあれば、損害ばかりが増えて思うように攻略が進んでいないというものもある。


 普通に考えれば、いくら凄い魔法を使える人間だとしても、たった五人増えただけで国と国の戦局を傾けるほどの力があるとは思えない。

 それに、魔族が残虐非道な行為を繰り返していると言われたが、どこまで本当なのか分からない。


 フェーブルでは、そんな非道な魔族には遭遇しないし、それは王都にいた頃も同じだった。

 魔王を倒さないと元の世界には戻れないとか、この世界を救う希望だとか言われて、陽キャ五人組はその気になっていたけど、俺には騙されているようにしか見えなかった。


 もしかすると勇者の召喚術は、騙されやすい性格の者達を選ぶ術式なのかもしれない。

 だとすれば、消極的な考えしか持てない俺は、やはり巻き込まれただけなのだろう。


 フェーブルの街に辿り着いた頃、午後三時を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 いつもよりは少し遅いけど、このまま真っ直ぐギルドに向かえば、受付が混雑する前に依頼完了の報告が出来るはずだ。


 理由もハッキリとしない殺し合いに巻き込まれるなんて、真っ平御免だ。

 それよりも俺には、リュシーちゃんを秋祭りに誘うという重要なミッションがある。


 そうそう、処理場から歩き続けてきたし、森林ゴブリンに追い掛けられて走ったから、ギルドの受付に行く前には清浄魔法を自分に掛けておこう。

 汗臭かったり、埃臭かったりしたら嫌われちゃうからな。


 男も身だしなみの時代なんだよ。

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