第6話 危ない帰り道

 清浄魔法を撃ちまくり、キラッキラの光の粒子を振り撒き放題に振り撒いて、処理場の掃除を予定通りに終わらせた。

 今現在ブツが置かれている場所を除いて不快な臭いは一切しないはずなのだが、俺の鼻がバカになってしまっている可能性は否定できないので、本当に無臭なのかは分からない。


「場長、掃除終わりました」

「うむ、ご苦労! 今回も良い仕事だったぞ」

「ありがとうございます」


 処理場の場長を務めているタイロンさんは、四十代ぐらいのガチムチなおっさんだ。

 端をクルっと上向きにはねた口髭を蓄えて、分厚い胸板を誇示するように腕組みしている姿は、格闘漫画に出てきそうなキャラだ。


 依頼票にタイロンさんのサインを貰ったら、後は街に戻るだけだ。


「じゃあ、帰りますね」

「待て、かぶっていけ」


 タイロンさんがグっと突き出したのは、魔物除けの粉が入った瓶だ。

 歩いて帰るならば、これを頭からかぶっていけという訳だ。


「いや、大丈夫ですって」

「いいから……」

「いや、ホント大丈夫です。こう見えても二級構成員ですから」

「そいつは、掃除の功績だろう。いいから……」

「いや、ホントに……失礼しま……ぐぇぇ!」


 事務所を飛び出して帰ろうとしたのだが、後ろ襟を掴まれて、あっさりと捕まってしまった。

 直後にバサバサと緑色の粉が振り掛けられる。


「うわっ……ちょっ……」

「よし、いいだろう。気を付けて帰れよ」

「はぁ……ありがとうございました」


 千切ったドクダミで飾りつけられているみたいに、鼻から目に突き抜けるような青臭さが全身を包んでいる。

 この場で浄化したら、追加の粉を掛けられそうなので、処理場の敷地を出るまでは我慢しよう。


「ジェムさん、お疲れさまでした」

「うはははは! 場長に捕まったのか、まぁ諦めろ、あの人なりに心配してるんだからな」

「それは分かってるんですけどねぇ……この臭いが……」

「街に着いたら浄化の魔法を掛けるんだな」

「そうします……」


 ジェムさんに橋を下ろしてもらって、堀を渡って街道へ向かう。

 処理場の壁が見えなくなったところで、速攻で清浄魔法を自分に掛けた。


「クリーニング」


 光の粒子に体が包まれて、緑色の粉も青臭い臭いも綺麗サッパリと消え去った。

 さて、のんびりハイキングを楽しむ気分で街まで歩きますかね。


 青空にはポカっ、ポカっと羊のような白い雲が浮かび、秋を思わせる風が吹いている。

 フェーブルは高原の街なので、王都に比べると夏が短く、秋の訪れが早い。


 日本の気候に例えるなら、軽井沢とか清里みたいな感じだろうか。

 鞄の中からギルドに行く前に買ったパンを取り出し、齧りながらブラブラと荒地を突っ切る街道を歩く。


 処理場から少し離れれば魔物除けの臭いも感じられなくなり、実に気分がいい。


「おぉぉ……異世界さいこー、スローライフ万歳だ」


 召喚されずに日本に居たら、今頃は就職活動で悪戦苦闘していただろう。

 特別に頭が良かった訳でもないし、特になりたい職業も無かった。


 良い大学にも入れなかっただろうし、どこかの三流企業でブラックな社畜生活を送っていたと思う。

 それを思うと、今の暮らしは実に恵まれている。


 掃除の仕事は競争相手が存在せず、適度なペースで依頼をこなしていける。

 収入は十分にあるし、住環境も問題なし。


「問題があるとすれば……彼女ほしいなぁ……」


 鉄壁とも言われているリュシーちゃんと、もっと仲良くなりたいけれど、誘うタイミングが掴めない……いや、勇気がない。

 毎日のように同じ時間にギルドに戻って、必ずリュシーちゃんに依頼完了報告をするなんて、他の受付嬢からは絶対にガチだと思われてるだろう。


 俺は飛びぬけて不細工ではないと思うけど、いわゆるイケメンから比べたら印象の薄い顔をしている自覚はある。

 妖精みたいなリュシーちゃんと並んだら、存在感ゼロになる自信があるぜ。


 もうすぐフェーブルでは秋祭りが行われる。

 どうにかして、リュシーちゃんと一緒に祭りを見て回りたいと思っているのだが、どうすれば良いのか分からない。


「あー……金ならあるんだよ、金なら……って、それじゃあパパ活おじさんじゃねぇか!」


 街道を歩きながら、両手で抱えた頭をグシャグシャと掻きむしっていたら、招かれざる客が現れた。

 身長は小学生ぐらいで、全身がくすんだ緑色の短い体毛に覆われ、顔や手足の先の毛の無い部分は深緑色の肌をしている。


 額に二か所、角のようなこぶがあり、醜悪なサルのような顔付きをした生き物は、森林ゴブリンと呼ばれているゴブリンの一種だ。


 この辺りは、冬が厳しいので南に住むゴブリンよりも体毛が濃くなったらしい。

 数は三頭、俺に向かって荒地の中を足早に進んでくる。


「悪いけど、お前らの餌になる気は無いからな、クリーニング!」

「ギギャァァァァァ!」


 俺が浄化魔法を発動した途端、三頭の森林ゴブリンは悲鳴を上げて転倒した。

 三頭が残らず蹲っているのを確認して、足を速めて先を急ぐ。


 牧草地が広がる辺りまで小走りを続けて、森林ゴブリンが追って来ないのを確認して足を緩めた。

 あの森林ゴブリンは、ダンジョン帰りの構成員が見つけたら討伐して小遣いにでもするだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る