第5話 処理場の掃除
俺が受ける依頼の殆どは街の人々から出されるものだが、中にはギルドから頼まれるものもある。
今日は、そのギルドからの依頼をこなす日だ。
朝一番、構成員たちが仕事を求めてギルドの掲示板の前が混みあう時間に、俺は裏手にある馬車の車庫へと出向いた。
ここが、今日の依頼の待ち合わせ場所だ。
「ベンドールさん、おはようございます」
「おはよう、マサ。いつも時間通りじゃな、感心、感心」
「いやいや、仕事ですから遅刻はできませんよ」
「ほっほっ……マサは真面目じゃのう。こんな仕事、少々遅れたところで何の問題も無いぞ」
「まぁ、仕事はさっさと終わらせるに限りますからね」
「それもそうじゃな、さて出掛けるとするか」
二頭立ての馬車の御者台に陣取ったベンドールさんの隣に腰を下ろす。
馬車で移動した先が、本日の作業場所だ。
「それにしても凄い臭いっすね」
「仕方あるまい、この臭いが無かったら、ワシらは魔物の餌じゃぞ」
俺達の乗っている馬車の荷台は、幌ではなく板で囲まれている。
そして、猛烈な薬草の臭いに包まれている。
ドクダミを千切った時の臭いを更に濃縮したような薬草の臭いは、魔物を遠ざけるためのものだ。
馬車の中身は、ギルドの解体場で素材を剥ぎ取られ、利用価値が無くなった魔物の死骸だ。
これを街から西に一時間ほどの場所にある処理場に持ち込むのだ。
俺の仕事は、死骸を下ろした後の荷台と処理場の掃除だ。
カラン、カラン、カランと首に下げた鐘を鳴らしながら、馬車はノンビリと街道を進んでいく。
馬車を引く馬はサラブレッドよりも体高は低いが、足が太く、ガッシリとした体付きで力がある。
フェーブルの街の西側は、一部に牧草地が広がっているものの、暫く進むと荒地になる。
西に半日ほどの距離にダンジョンがある影響なのか、街から西に進むほどに魔物の出没頻度が上がっていくのだ。
牧草地が切れる辺りが家畜を安全に放牧できる限界で、ギルドの処理場は更に西に進んだ場所にある。
魔物の死骸を処理するために、当然ながら血の臭いが漂う。
俺達が乗っている馬車と同様に、敷地の周囲には魔物除けの薬剤が撒かれているが、それでも臭いが蓄積してくると魔物が寄って来るようになるのだ。
処理場にこびり付いた血脂の汚れや臭いを消し去り、魔物を寄り付きにくくするのが俺の役目だ。
「マサ、帰りは乗せて行かんでも良いのか?」
「えぇ、処理場の掃除は時間が掛かりますし、ブラブラ歩いて帰りますよ」
「魔物に襲われんように気を付けるんじゃぞ」
「大丈夫ですよ。逃げ足だけなら特級構成員ですからね」
処理場から街までは、ゆっくり歩いても二時間までは掛からない。
掃除は昼ちょい過ぎには終わる予定だから、それから歩いて帰っても、いつもの時間にギルドに戻れるはずだ。
処理場があるのは荒地のど真ん中で、街道からは脇道に逸れて更に進んだ先になる。
魔物が寄って来ても、街道に与える影響を最小限に留めるためだ。
処理場は高く頑丈な壁と堀に囲まれていて、まるで要塞のような外観をしている。
馬車が鳴らす鐘の音に気付いて、処理場の門を兼ねた跳ね橋が下ろされるのが見えた。
「おーっ! マサじゃないか、そうかもう掃除の時期か」
「はい、よろしくお願いします」
門番を担当しているジェムさんが、気さくに出迎えてくれた。
馬車が敷地に入ると、すぐさま橋が引き上げられる。
高い壁に囲まれた空間は、呼吸をするのも嫌になるぐらいの悪臭が漂っていた。
堀の外の魔物除けの臭いが無ければ、すぐにでも魔物が集まって来るだろう。
この処理場の掃除は、一回八千リーグ。
日当八万円だと思えば我慢もするが、毎日ここで仕事をする気にはなれない。
この処理場では、魔物の死骸を細かくミンチにしてから水分を抜いて、家畜の飼料や堆肥を作っている。
いうなれば、異世界版の肉骨粉だ。
何もせず家畜に食わせているだけでは牧草地が痩せるし、肉骨粉を混ぜた飼料を与えると乳の出が良くなるらしい。
ゴブリンやコボルトの肉は、固くて臭くて人が食べるのには適さないが、栄養価は高いのだろう。
日本ではオタクだった俺からすると、家畜が魔物化して暴れ出したりしないか心配になるが、そもそもオークの肉は人間が食用にしているので問題ないのだろう。
「それじゃあ、ベンドールさん、積み荷を降ろしたら声を掛けて下さい。それまで俺は周りの掃除を進めてますから」
「ほいよ……」
馬車の積み荷を降ろしている間に、建物と壁の間の敷地を浄化する。
魔物除けの薬剤は堀の外に撒かれているので、ここは無臭にしてしまっても大丈夫だ。
壁や土にしみ込んだ臭いまで、清浄魔法で強力に脱臭していく。
ずっとここで働いている人達だと分からなくなってしまうのだろうが、建物の周囲でも十分臭うのだ。
積み荷を降ろし終えた所で、馬車の荷台の内部だけを浄化する。
外側まで浄化してしまうと、魔物除けの臭いが消えてしまうから効果範囲の設定は厳密に行った。
この後、荷台には出来上がった肉骨粉が積み込まれてギルドへと戻っていく。
堆肥として、飼料として、肉骨粉はギルドの大事な収入源でもあるのだ。
「さーて、そんじゃあ建物の内部をやりますよ!」
「おぅ、お手柔らかに頼むぜ」
「申し訳ない、そいつは出来ない相談です」
「かぁ……また暫く臭いに悩まされるのかよ」
掃除は材料となる魔物死骸が置かれている場所や、製作途中のミンチがある場所、出来上がった肉骨粉が積んである場所を除いて徹底的にやる。
勿論、働いている人達自身や宿舎、休憩場所なども例外ではない。
その結果、それまで慣れていた臭いが消えて、新たに発生する臭いが不快だと感じるようになるそうだ。
まぁ、そこは我慢してもらうしかないだろう。
実際、掃除を進めている俺も、血や脂、内臓の内容物などが入り混じった臭いには閉口しているのだ。
ぶっちゃけ、さっさと掃除を終えて帰りてぇ!
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