第4話 酒場の依頼

 食堂、酒場、パン屋などの飲食関係の店からの清掃依頼は、店の定休日を指定してくることが多い。

 今日の二件目の依頼も、定休日の酒場の掃除だ。


「毎度~掃除屋です!」

「おぅ、マサ、待ってたぜ」

「おはようございます、ホルストさん。よろしくお願いします」

「こっちこそ、よろしく頼むぜ」


 ホルストさんは、この酒場のオーナー兼料理人で、年齢は四十代後半ぐらいだ。

 背は高くないが、ガッシリとした体形で、焦げ茶色のモジャモジャ頭に顔の下半分を覆うヒゲを蓄えている。


 噂ではドワーフの血を引いているなんて言われているが、本当かどうか分からない。


「それじゃあ、いつも通りに厨房から始めますね。冷蔵庫とか戸棚の中までは綺麗にならないんで、そこは了承してください」

「おう、分かってるから心配いらねぇぜ」

「じゃあ、始めさせてもらいます」


 愛用のワンドを抜いて、厨房の天井に向かって軽く振る。


「クリーニング」


 四畳半ぐらいの広さがある厨房の天井を、数回に分けて清掃する。

 埃、煤、クモの巣など、こびり付いた汚れが光の粒子に包まれると綺麗サッパリ消えていく。


 続いて、一番汚れが酷い竈周りの壁、煙突を掃除したら、ぐるっと壁を清掃。

 水回り、作業台、棚や冷蔵庫の外側、裏側、下側。


 最後に床一面を清掃すれば、厨房の掃除は終わりだ。


「いやぁ……何回見てもすげぇな。まるで新築みたいだぜ」

「ありがとうございます」

「いやいや、礼を言うのはこっちだって。竈周りにこびりついた脂や煤なんて、何をやったって落ちなかったのにピカピカだぜ」

「そうだ、厨房の裏手ゴミ置き場もやっておきますね」

「おう、悪いな、助かるぜ」


 店の裏手の路地やらゴミ置き場も、バンバン清浄魔法で綺麗にしていく。


「そんじゃあ、客席の方を片付けちゃいます」

「しっかし、マサはすげぇよな。そんだけ魔法を連発しても魔力が切れないとか、どんだけ魔力値高いんだよ」

「さぁ? 最初に測っただけで、その後は測ってないから分かりませんね」

「ほぉ、最初はいくつだったんだ?」

「最初ですか……二でした」

「はぁ? 冗談だろう?」

「冗談じゃないですよ。魔法を二発撃っただけで倒れそうになりましたから」


 勇者召喚に巻き込まれてこっちの世界に来た俺は、他の連中が凄い魔法やスキル、それに膨大な魔力値を受け取ったのに対して、魔法は清浄魔法だけ、スキル無し、魔力値はたったの二だった。

 一般的な成人男性の魔力値が八十から百ぐらいだと言われているので、四十分の一しかなかったのだ。


「じゃあ、どうやってそんなに魔法が使えるようになったんだ?」

「そりゃあ鍛えたに決まってるじゃないですか、魔力切れになるまで魔法を使って、回復するのを待って、また魔力切れするまで魔法を使うの繰り返しですよ」

「うへぇ、あの気持ち悪いのを毎日とか……俺には出来ねぇな」


 ホルストさんが顔を顰めるように、魔力切れになると頭が割れるように痛くなり、猛烈な吐き気に襲われる。

 実際、胃の中に何か入っている状態なら間違いなく吐き戻してしまうだろう。


 しかも、魔力切れから回復するには、丸一日程度の時間が必要になるのだが……俺は魔力の回復が異常に早いという特殊な体質だった。

 召喚された場所でハンカチ一枚程度の範囲を浄化する魔法を二回使っただけで魔力切れに襲われたが、一時間もしないうちに回復した。


 召喚に関わっていた者達は、元々の魔力値が低いから回復するのも速いのだと思っていたようだが、その後で俺が繰り返した実験の結果は異なるものだった。


 浄化出来る範囲で測ってみると、一度魔力切れを起こすと魔力値は約五割増しになったが、魔力が回復するまでの時間はむしろ短くなった。

 そこで俺はひたすら魔法を使って魔力切れを起こし、のたうち回りながら魔力を回復させるという行程を繰り返した。


 その結果、俺は普通に魔法を使っただけでは魔力切れを起こさなくなった。

 魔力値自体も一般人の何倍にもなっているはずだし、使うそばから回復してしまうのだ。


 たぶん今なら、フェーブルの街を丸ごと浄化することだって出来そうだが、やっても何の得にもならないからやらないだけだ。

 さっきやった厨房の掃除も、雑で良いなら魔法一発、所要時間十秒程度で終わらせられる。


 ただし、そのやり方だと汚れが残ったり、消さなくて良いものまで消してしまうので、場所を分けて回数を分けて掃除しているのだ。

 客席側も、天井と壁では汚れの付き方が違う。


 テーブルの汚れと床の汚れも当然異なっている。

 汚れを確認しながら、でも鼻歌まじりにワンドを振って、依頼の掃除は完了した。


「ういっす、終わりました!」

「おーっ、さすがはマサだ。文句の付けようがないぜ」

「ありがとうございます。では、完了のサインをお願いします」

「おぅ、ご苦労さん。これで、明日から気分よく営業できるぜ」

「また汚れが溜まってきたら、依頼して下さい」

「あぁ、その時は、よろしく頼むな」


 依頼票にホルストさんのサインをもらい、グローブみたいなごつい手と握手を交わし、本日二件目の依頼は無事に終了した。

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