第10話 信仰とは


 目の前のアンデッドエルフ達を前に言葉を失う俺に、死人使いデスメソスは高笑い。


「貴様の大好きなエルフだ。嬉しかろう? ……なんだ貴様、泣いてるのか?」

「……俺は! 俺は! エルフなら誰でも愛せると思っていた!」


 俺はたった今、心に受けた衝撃を吐き出す。


「そのエルフがどんなクズでもサイコパスでも……貧乳だろうと奇乳だろうと! なんなら男の娘でも女装エルフでもマッチョエルフでも、エルフなら大好きになれる自信があった! チソチソおっきする自信が! だって、エルフは俺の憧れだったから! なのに……なのに、俺は今、アンデッドとして腐り果て、骨だけの姿になったエルフを見て、愛を感じられなかった……! チソチソしんなりだった……!」

「は?」

「俺にアンデッドエルフは愛せない……俺のエルフ愛ってこんなものだったのか? 同じエルフなのに死んだエルフはおぞましく思い、忌み嫌う……俺は所詮、その程度のお遊び気分、スナック感覚でエルフのことを誰よりも愛している! エルフとエロいことしたい! なんてほざいてたんだ! 気付いちまった!」


 そう。

 この気づきは、信仰の揺らぎ。

 気付かぬままでいられれば俺は無垢なまま、エルフが相手ならどんな奴だろうとエロいことしてみせるぜ! とほざいていられたのに……。真実はそうではなかった……!


「俺は俺の未熟さ、いや、欺瞞に腹が立っている! 絶望だ! エルフにエロいことしたいという気持ちに嘘があったんだ。俺は口だけだ……! 本当にエルフとスケベしたくてしたくて死ぬほどだったのなら、アンデッドエルフにだってチソチソおっきしなければ嘘だった……! ……もしかして、俺の性欲の対象はエルフでなくてもよかったんじゃないか? なら、俺はなんのためにこの世界にやってきた……? 俺の存在理由は……俺の実体は……人生とは? 宇宙とは? 時間の始まりとは? 赤ちゃんはどこから来るのか?」

「貴様の頭はおかしい。ただそれだけのことだ」


 死人使いは、俺のことをわかりやすく切って捨ててくれた。


「そのような益体もないことなど考えるな。オーガの癖に考えるとかバカではないのか? 貴様のようなバカは、ただ何も考えず私に仕えればいい。バカが」

「おい、せっかく苦悩してる雰囲気出してるのにバカとかいうな。かわいそうだろ? シンプルな悪口はシンプルに心に刺さるんですよ?」

「戯れはそこまでにしておけと言っている」

「まあ、いいか。泣いてスッキリしたし。エルフ大好きな俺にも無理なエルフはいる。うん、これはいい学びだったな」

「我がアンデッドの大群を前にして、よくもまあそんな舐めた口を利けるものだ。……それにしてもあの冒険者共、臆病風に吹かれおって。当てが外れたわ」

「……ん?」

「あのエルフをエサにしておびき出した貴様を、あの冒険者達が仕留めてくれればそれでよし。仕留められぬでも手傷を負わせられれば楽になると思ったのだが……歯が立たずに逃げてしまうとはな」

「……え? それって……タマリエルちゃんをここに繋いだのって……」

「くく、愚かなオーガ……簡単に釣られてくれたものよ」

「……もしかして、俺をおびき出すため? 何のためにそんなことを?」

「もちろん、貴様を我が軍団に取り入れるためだ。……アンデッド化した貴様をな。この地に住まう幻のクリムゾンオーガ……我が手駒として存分に働いてもらおうか」


 うん? 俺をアンデッド化……?


「こちらも戯れは終わらせるとしよう。貴様が私に忠誠を誓おうが誓うまいが実はどうでもいい。なぜなら貴様はこいつらに殺される。その後、こいつらと同じアンデッドとして使役してやるからだ」


 死人使いデスメソスが右手を差し上げる。


「やれ」


 その手が振り下ろされた。

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