13.3 陰キャのコミュ力は自覚しているよりずっと低い

 悩んだ末、中澤は一言だけ呟いた。


「勝って自信にしたかった。それだけだよ……」


 あまり言いたく無いのがしっかりと伝わってくる声量とトーン。その暗い表情を見せられたら、俺も若干ではあるが申し訳なさを感じた。


「へー、そう……」


 謝るまでは無いと思い謝罪の言葉は口にしなかった。


 中澤の求めるその「自信」の使用先は考えずとも分かる。

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能ってのが揃ってまだ自信が無いのは俺には到底分かりっこ無いが。


 多分自分の中で最後の区切りにでもしていたのだろう。

 なのに相手が笠原となれば気持ちも入らなくはなる筈だ。


「今のお前のスペックで自信持てないって言われちゃあ、ほぼ全員生きてけねぇよ」


 なんだか中澤を褒めているみたいで、面と向かっては小っ恥ずかしくなり、外を見た。観覧車はちょうど半周を終え、下降に差し掛かっていた。


 中澤も外へ視線を飛ばす。そして、相変わらずの穏やかな口調で俺へ声を投げかける。


「逆に柳橋くんは何でそんなに自信があるの?」

「お前一回殴ろうか?」

「あ、いやいや別にバカにしてるとかではなくて……」


 自信をつける前にまずは口下手なところを直した方が良い。今後も陰キャと関わって行くのであれば……。


「自信……」


 あんまり気にしたことなかったな……。別に中澤みたいに誰かと付き合いたいわけでも無いし、部活もやってないから大事な大会なんかも無い。勉強だって順位は見るがトップを狙う気もなく、言われた範囲をただ復習してテスト受けているだけだ。


「多分……自信の有無を気にすることが無いからそう見えてるだけだろ」


「どう言うこと?」


 ポカンとした顔で中澤が問う。


「いや、だから……寝たりゲームしたり普通の生活するのに自信無くて勇気が出ない人なんてあんまりいないだろ」


「あ、そう言うことか…….確かに、柳橋くんを見るのは大体いつも同じようなことしてる時だけかもしれない」


 さっきよりかは少しばかり生気を取り戻した顔になり、ぶつぶつと何か呟いている。


 しかし、俺はこの空気感に疲れつつあったので、切り上げる方向へ促した。


「まぁ何でも良いんじゃねぇの。人によって考えも違うだろうし」


「そうだよな。いや、でも少し参考になったかも」


 俺のこんなしょうもない人生が参考になって良いのだろうか、とも思うが本人が満足してるなら良しとしよう。


 観覧車もあと少しで降り口に着くところだ。

 先ほど観覧車の外から笠原たちらしき3人組が迷路のようなところから出て来るところも見たし、そろそろ軽く合流しても良い頃合いだろう。


「あ、そうだ。一つ聞かなければならない事があって……」


 外を見て何か思い出したのか、中澤がやや早口に話し出した。


「何だよって……」


「いや、ごめん聞きたいことがあって……えっと……柳橋くんは今告白とかされたらどうする?」


「は?お前に?絶対ことわr……」

「違う違う!にしても答えんの早すぎないか?」


 苦笑しながら頭を掻く中澤を見たらなんかイラっとした。


「そりゃそうだろ。やだよお前なんか」

「それもひどいな」


「じゃあ誰から?あまり現実味のない話は好きじゃないんだが」


 宝くじ当たったら〜とか芸能人と結構するなら〜とか話すのは時間の無駄としか思えん。それどころか現実の絶望感を再確認させるだけだろ。


「えっと……誰から……?それは相手によって答えが変わるって事?」


「何だよ。試すようなことするつもりなら何も答えねぇよ」


 何気なく持った疑問を問うたことを突かれまた少しイラっとしたので強気に返した。すると中澤は困ったように答えを探す。


「ごめんごめん!えっと……そうだな……じゃあ神谷からならどうする?」


「全然想像つかねぇな……」

「もしもの話だからさ」

「条件による。今まで通りの距離感でいいなら」


 誰とも付き合ったことないから付き合うってのがどーゆー意味を持つのか実際のところ分からない。


 やらしいことをするってなれば、それは神谷へ求めていないが、そうなればそれ以外の違いがよく分からない。


「それってほぼほぼ断るって解釈でいい?」

「知るか。じゃあお前なら……」


 言いかけたところでドアが開いた。


 柄にもなくこんな話題を真面目に話していた気恥ずかしさからこれ以上この話題に触れることは避けたかった。


 多分それは中澤も同じようだった。


***


 笠原達と合流しないかと言うと、正午もとうに過ぎていたため、中澤も合意した。


 仮面ライダーのショーでも行われていそうな開けたステージの前。

 バーベキューで盛り上がる集団から離れた端っこのベンチに3人の影が見えた。


「あっ」


 そちらへ向かう俺と中澤に気付いた笠原が手を挙げた。

 隣に座る柏木はチラリと一瞥し、神谷はどこか疲れた様子でこちらを見る。


「休憩中だった?」


「そう!ちょっと休憩〜」

「ちょうど良かった。乗ろうとしてたのは大体乗ったしもう少ししたらご飯でも食べようかって話してたところだったのよ……どう?まだ店も決めてすらないんだけど……」


「そうだね、時間的にも空いてきたくらいでちょうどいいんじゃないかな」


 確認と同時に柏木は不安そうな視線を神谷へ向ける。するとそれに合わせて笠原も「大丈夫そう?」と神谷の様子を伺う。


「俺も構わないけど……神谷は何したんだよ……」


 視界の端でのっそりと動く神谷を流石にスルー出来なかった。

 明らかに疲れ切った顔をした神谷はゆっくりと顔を上げた。


「ちょっと乗り物酔いしただけだよ……でも全然大丈夫だよ」


 普段から覇気のない顔がさらに弱々しくなっていた。


「いや、全然ゆっくりでいいよ」


 中澤はそう言うと隣り合うのベンチへ腰を下ろし、くぅっとお茶を飲み、「今日は暑さのせいもあるかもね」と嫌味なく爽やかに微笑んだ。


 乗り物酔いってのに対して言えば俺も強くはない。だからこんなところへ来るとなれば当然のように酔い止めは買って持っていたし、すでに俺はバス停で服用済みだった。


 多くはないがまだ数人分程度は残っていたので、ついさっき自販機で少し余計に購入した水と一緒に神谷へ渡した。


「これ……飲まないよりかは……まぁ、あんま即効性は無いと思うけど」


 爽やかな中澤の対応を見せられたせいか、無理矢理いつもの自分を演じようとしてしまった。

 自分でも分かるくらい不器用な言葉を添えながら神谷に手渡すと神谷は少し驚きつつ柔和な表情で「ありがとう」と言い、俺の手からそれらを受け取った。


 まるで熱を出した母親へお粥を渡すときのような気恥ずかしさに加え、面と向かって礼を言われた事への照れ臭さからぎこちない足取りで中澤の座るベンチへ戻る。


「凄いね、飲み物もなんで2本も買ってるんだろうって思ってたけど酔い止めまで準備してるなんて……」


「いや……どっちも自分用のが偶然あったってだけで……」


 小っ恥ずかしさをぶり返させるような中澤の言葉に俺が投げやりに返していると横から妙に視線を感じた。


「なんだよ…….」


 いつものスッとした表情に加え大きな黒目をぴたりと止めてこちらを見ていたのは柏木だった。


「あっいや……別に何も……」


 俺の声に僅かにびくりと反応した後、視線だけを静かに神谷たちへと向ける。何か衝撃を受けたかのような対応からするに俺の行動があまりに不自然だったことが窺える。


 不慣れな行動ってのは同じでも何故こうも陰キャと陽キャで差が生まれてしまうのかと改めて思った。

 

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