13.4 陰キャのコミュ力は自覚しているよりずっと低い

 神谷の顔色も戻り十分な休憩を終えたので、笠原たちの提案で園内に併設されたカフェで昼食を取ることとなった。

 昼時をやや過ぎていたため予想通り客は少なく6人掛けのテーブル席へ待ち時間もなく案内された。


 ざっと目を通したところ、洒落たメニューの割に値段もそこまで高くはない。


「どう?決まった?」

「え、ああ、まぁ……」


 荷物を置いた一つ隣に座っている中澤が尋ねる。

 前3人が話し合いながら決める目の前で、黙々とメニュー表を眺める男2人の空気が気まずかったのだろう。

 俺は最初のページに大きく描かれていたサンドイッチのようなもののセットにするつもりだった。


「みんなはデザートとかも頼む?」

「うん、私と美香は頼もうかなって思って話してたよ!」


 ノリノリで選ぶ笠原に柏木も苦笑しつつ結局はそれぞれ違う味のパフェも頼むような話が聞こえてきた。中澤も同様に何か選んでいたように思えた。しかし、


「お前は食べねぇの?デザート」


 俺の正面にいることもあるせいか、デザート関連の話には一切入ろうとしない神谷が目についた。


「私は流石に食べきれないかな、ヤナギは?」

「俺も一つは流石に多いな」


 平気そうにしているが、実は体調がまだ治っていないのだろうかとも一瞬頭を過ぎったが、まぁ考えてみれば神谷には元々よく食べるイメージはなかった。


 全員が決まったところで注文をし終えるとあまり予想はしていなかったが、中澤から例の話が浮上した。


「俺さ、さっき柳橋くんには言ったんだけど選挙立候補するのやめて笠原の推薦人としての応援演説、俺がやりたいって思ってるんだけど……」


 注文をとりに来た店員が捌けるタイミングに間髪入れぬようと言った感じか、明らかに決めていたようなタイミングでの発言だった。


俺に言ったときは「柳橋くんがやらないなら」というニュアンスだったが、今ははっきりとまさに立候補するような意味合いの発言になっていた。

 いつもの少し弱々しい中澤からは想像し難い意思表示だ。


 「やっぱりこっちも美味しそうだった〜」などと話す笠原もそれを笑いながら聞く柏木も、俺におすすめ新作漫画のジャケット写真を見せていた神山までもが一瞬にして中澤の方へ視線を向けた。 


 ほんの1秒ほどの沈黙だが中澤には数分レベルに感じているのだろう。


「ほら、その……笠原が決めることになるんだけ……」

「えっ!いいの!?ありがとう!逆に私からお願いしたいくらいだよ!!」

「え、あ、うん……俺も良かった……」


 当然グッと距離を詰められた中澤の耳元が急激に赤みを帯びていくのが俺の席からはよく分かった。

 お互いほっとしたように明るい空気が立ち込めている。


 そりゃあ笠原の応援演説をするとなれば当然中澤くらいの人間が必要だよな……。


 俺としても変な罪悪感みたいなのが消えて良かった。だが事が成るべくして成ったような、綺麗すぎる結末になんだか楽しみにしていた映画が自分の予想した通りの結末に落ち着いたときの感情に似たものを一瞬だけ感じた。


 そんな不思議な感情に駆られていると前方からじっと伸びる視線が俺へ向いていた事に気がついた。


「ん?なんだよ」

「ボロボロ」


 神谷は気の抜けた独り言のような声量でそう言うと、視線に加え俺の手元を指差す。

 

 つられて俺も自分の手元を見る。そこには細切れにされたストローの紙袋が散らばっていた。

 

 きっと話を聞きながら無意識のうちにちぎってしまっていたのだろう。子供の手いたずらを指摘されたようで気恥ずかしくなり屑をまとめておしぼりの袋で隠した。


「優也はそれでいいけど私らは?なんか手伝ったりした方が良さそう?」


 柏木は中澤が推薦人となる事について特に反応はなく淡々と話を次へ進める。

 確か中澤から推薦人を頼まれていたから笠原のを断ったみたいな話を聞いた気がしたが、今の様子を見るにその点も特になんとも思っていないようだった。


「そうしてもらえるとすごく助かるんだけど……私自身まだよく分かっている部分も少なくて……」


 申し訳なさそうに笠原は肩をすくめる。

 実際のところ演説を行う日ですら10月末頃だ。あと2ヶ月以上先の事で実際に何をどう準備していくということすらもイメージが湧いていない状態なのだろう。


「そうね、まぁ出来ることって言っても公約の内容考えるための情報収集くらいかもしれないけど……言ってくれれば私もあやもも協力するから」


 さらっと言った中に当たり前のように俺も加えられていた。だがそれより、柏木から克実呼びされた事が引っかかってしまい、内容に意識があまり向かなかった。


 笠原は一瞬何かに気付いたような表情を浮かべたが、すぐに「ありがとう。その時はよろしくお願いします」と照れ臭そうに笑った。



***



 腹ごしらえも済ませたところで、神谷の提案により観覧車へと向かう事になった。

 俺と中澤は2度目になるが他3人はまだ乗っていなかったらしい。帰り時間も考えるとあと1〜2時間ほどしたあたりでバスに乗って駅を向かうのが良さそうだという話でまとまっていた。


 このままのんびりしていれば罰ゲームも逃れられるかと淡い期待を抱いていたが「観覧車終わったら行こうね!」と見透かされたように神谷に言われたのでそんな期待も霧消した。


 観覧車は4人乗りだったため、2つに分かれることとなった。並び順から適当に分かれたため、先に柏木と中澤が乗り、残った3人で次に乗ることとなった。


 観覧車へ乗る直前、中澤が意図的に柏木の後へ続いたように見えたのは気のせいかもしれない。今日の一仕事を終え中澤も少し肩の荷が降りたのだろうか。


「うわぁ、結構高いんだね」

「あやー、あんまり動き過ぎないでよ?揺れると怖いから」


 窓の格子に額を寄せてなんとかカメラに収めようと動く神谷を笠原が優しく制す。この2人になるといつも末っ子のようなイメージの笠原が自然と姉の様な立ち位置に見えるのが不思議だ。


「柳橋くんは高いとこ平気なんだね」

「まぁそんなには」


 流石に2度目はかけらも面白さを感じない。景色も太陽がわずかに傾いた程度で強いて言えばゴンドラの中の香りが少しいい匂いな気がする程度。


 目の前で2人が同じ様なやり取りを繰り返しているので、俺も特に話すこともなく外へ目を向ける。

 昨日今日と不慣れなことをし過ぎたせいか、疲れに似た気持ちの重さを少しばかり感じていた。


 明日は午後からバイトだから午前中は寝ていられるな、などとしょうもないことを考えながらあくびを吐き出すと神谷がたった今俺の存在を思い出したかの様にこちらを向いた。


「ヤナギは来週の夏祭り行くの?」

「え、ああ……」

「誰と?」

「柏木。……行く相手のいない俺が可哀想だから誘ってやるって。余計なお世話だってのに……お前も一緒に行くか?」


 俺としても神谷がいた方が柏木と2人きりより気まずさは薄れるだろうと思い少々期待を含ませて聞いてみた。

 

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