13.2 陰キャのコミュ力は自覚しているよりずっと低い
幼い子供からカップルまで大小の人影が横断歩道を横切る。
こんな田舎であろうが遊園地という場に夏休みのシチュエーションが重なればそこそこ人は集まるらしい。
「着いたね。罰ゲームでいいの?」
「勝てると思うか?」
「いや、思わない」
タイマンとなれば案外すぐに決着がついてしまうもので、気付けば「負けた方が罰ゲーム」というルールから「柳橋が一勝でもしたら罰ゲーム回避」と言うルールへとシフトしていた。
「へぇ、あんた達面白そうな事してたんだ」
後部座席から顔を覗かせニヒルな笑みを浮かべる柏木。
良かった。こいつがこのゲームを傍観していたら罰ゲームはお化け屋敷なんて生ぬるいものにはならなかっただろう。
バスを降りそこそこの混み具合のゲートを通過した。
渡されたパンフレットを眺めながら歩いていると、笠原が全員に問いかけた。
「どうする?どこから行く?」
周囲のアトラクションをキョロキョロ見渡す様はそこらに行き交う小学生と変わらない。
「うーん、でもアトラクション意外と多いし……やっぱり観覧車かな」
「何でよ」
「ハハハ、観覧車好きなの?」
悩んだ末に絞り出したとは到底思えない選択に柏木と中澤が即座に反応した。
「えー、でもジェットコースターとか乗った事ないしな……」
「一緒に乗ろうよ!絶対楽しいって!ね、柳橋くんも!」
「え、まぁ……」
突然笠原に振られ戸惑いながら適当に返すと、何かを思いついたように中澤が口を開いた。
「何にしてもこの人数じゃ動きづらくないか?2つに分かれたりした方が良さそうじゃない?」
「そうだな、それなら……」
「男子と女子でいい?」
俺の言葉を遮るように提案したのは柏木だ。特に他意はないように俺と中澤の方を向いて問う。
「そう……だね……俺は全然構わないよ」
「私も何でもいいよ〜」
「うん、そうだね!」
各々が賛同を示す中、まだ答えていなかった俺へ一時的に視線が集まったので、俺も「任せる」とだけ言った。
柏木がこう言う場面で率先して意見してくるのは珍しく感じる。けどまぁ特に反対している人もいないようだし何でもいいか。
***
「初めてだよな、柳橋くんと2人で遊ぶのなんて」
「そうだな」
まぁ俺からしたら「2人で遊ぶ」と言うこと自体初めてなんだけど。
今は船に乗って猛獣の模型を撃つアトラクションの順番待ち。
特に目当てもなく歩きながら、空いているアトラクションを乗り繋いで来た。
これと言って盛り上がる話題もないためやや作業的な楽しみ方をしてしまっている気がする。
それを察してか、中澤がいつもの調子で「そう言えば」と切り出した。
「選挙の応援演説断ったって、笠原から聞いたんだけど……本当?」
てっきり当たり障りのない上手い話題でも出してくるのかと思ったら違った。正直俺としてはあまり触れられたくない話の部類だ。
「まぁ。それがどうした?」
「あ、いや……てっきり柳橋くんなら引き受けるのかと思ってたのもあるし、はっきり断ったわけではないのかなぁと思って」
確かに。中澤の意見を聞いて少し納得してしまった。
普段は断るのがあまり得意ではない。ましてやそこそこの関係性のある人からの依頼はうまく断る方法を考えるほうが億劫になってしまう節がある。
ただ、
「出来ないことまで受ける気はなかった。それだけ」
明らかに他に適任がいるのに、同じ部活と言う関係性のためだけにリスクを背負う気は無い。
俺の淡白な答えに中澤は少し返答に困ったような様子を見せた。
「……それだと誰が受けるんだろう、応援演説」
「そんなのどこにでもいるだろ。それより、今から敵の心配とか随分余裕なんだな」
少し嫌味っぽく言うと中澤は苦笑を浮かべる。
「敵って……喧嘩をするわけでもないのに」
「他の候補者がいたとしても、選挙で戦うなら間違いなく一番の強敵だろ」
「確かにそうだね……だから今考えてるのが……」
「お待たせいたしました!どうぞー!」
中澤が何か言いかけたところで目の前のゲートが開き、俺たちは2人乗りの小さなトロッコのような船へと誘導された。
***
猛獣の模型につけられた的を淡々と狙いながら俺と中澤は箱に揺られながら流れていく。
難易度も別に高くはなく、これも他の乗り物と同様に作業のような時間が過ぎていった。
「どうする、もう割と色々乗った気がするけど」
少し歩き疲れていたこともあり、アトラクションの出口を出たところで俺が尋ねると、中澤も「そうだな」と相槌を打つ。
「こーゆー時に観覧車に乗るんじゃないか?」
「え、男2人で?」
「今更……コーヒーカップも乗ったじゃん」
「確かに……俺はなんでもいいけど」
あまり閉塞的な空間で2人きりってのは得意じゃないんだが……。まさか中澤の方からあんなつまらなそうなものを提案されるとは思わなかった。
相当退屈してるんだな。
観覧車の目の前に着くと、当然のように空いていた。
案内されるがままに乗り徐々に身体が上昇していくのを感じた。それと同時に流れる人影が小さくなっていく。
「これ、何が楽しいんだ?」
「俺もよく分からない」
「お前が行こうって言ったんだろ」
「普通ならここで次何乗るか決めたりするけど」
悪かったな、普通じゃなくて。
もとよりアトラクションを楽しもうだなんて気で来てもいないわけだ。俺はこのぐらいのんびりした時間の方が気楽でいい。
間を見計らって、今度は中澤が口を開いた。
「その……さっきの、続きなんだけど……」
「まだなんかあんのかよ」
さっき、と言うのはおそらく前のアトラクションで順番待ちをしていた時の選挙の話の事だろうことは容易にわかった。
しかし、依頼を断っている以上俺としてはやはり変な後ろめたさの残る話題。
「いや、柳橋くんが応援演説をやらないなら俺がやろうかと思って」
予想外の話に思わず視線を窓の外から中澤へ移すと、平然とした顔で俺を見ている。いつものあの自信なさげな様子は微塵も無い。
「へー、なんでそれを俺に言う?てかお前立候補取り下げるってことか?」
「まぁそうなるね、でもまだ書類とか出したりもしてないから取り下げるって感じでも無いけど」
冷静に、そして迷いもない様で話す中澤。
聞かずとも分かっているはずなのに「なぜ」と問いたくなる変なモヤつきが喉の奥を渦巻いている。これが何に対してそう思わせているのかだけが分からない。
「え、やっぱおかしい?この考え」
「いや、おかしくは無いと思うけど……」
なにも発さない俺へ不信感を持ったのか、この話題になって初めていつもの気弱そうな表情が現れた。
中澤は、自分が立候補することを決めてから笠原も立候補をするということを知った。だから直接戦うことを避けるため、そして、今応援演説者が見つからず困っているであろう笠原のためにも彼女をサポートする事を決めた。別におかしいことでは無い。
ただ、何かまだ俺の中でしっくり来ていない変な感じがしている。
「そんな……すぐ辞退するって決めれるならなんで立候補なんてしようと思ったんだよ」
「それは……」
多分俺の尋ねている事も間違ってはいない。ただ、書く必要がない事だって事もどこかで分かっていた。
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