13.1 陰キャのコミュ力は自覚しているよりずっと低い
バスの扉が必要以上にうるさい音を立てて開く。中から出た田舎のバス独特の臭いがむわっと顔へへばりつくと同時に無愛想な運転手がギロと俺を一瞥した。
バスへ乗り込むと乗っていたのは見慣れた3人だけだった。
奥の2人席へ座るのは柏木その前の2人席に中澤、そして1人席でスマホを凝視するのは神谷だ。
「みんなおはよー。ごめんね色々迷惑かけちゃって……」
「あんたまだそんなこと言ってんの?誰も気にして無いって」
照れ笑いを浮かべながら、笠原は中澤の前を素通りし柏木の隣へ座った。
いかん、笠原が柏木の隣に座ることはどう考えても妥当であるのに、笠原の動きを目で追ってしまっていたせいで中澤がスルーされたように見えて謎の気まずさが俺を襲う。
「早く席に着いてください」
「すいません……」
運転手の低い声に叱られ俺は慌ててすぐ斜め前の中澤の隣へ座った。
「発車します」と声がしてバスが動き出し、一息ついたところで中澤に爽やかな「おはよう」を告げられた。
「どうだった?旅館は」
「まぁまぁ。割とすぐ寝たしこれと言った不満は感じなかった」
中澤の知りたかった旅館に対する答えとして的確だったかは分からないが理解はしたように頷いていたのでまぁいいだろう。
「私達も疲れちゃって結構すぐ寝たよねー」
通路を挟んだ隣に座る神谷が、相変わらずの棒読みで言った。
「確かに……!神谷は結構早く寝てたかもな」
ふふっ、と笑う中澤を見るに、恐らく早く寝たのは神谷だけであったことが伺える。今思えば柏木から電話がかかってきたのもそんな早い時間って感じでもなかった。
「まぁやることないなら早く寝るよな。逆に中澤は何してたんだよ」
「俺は今日の準備してたり、溜まってたLINE返してたりインスタ見たりしてたかな。あとは……電話とか……かな……」
わざと濁す様な言い方でいかにもその先を聞いて欲しそうな余韻を残す。だから俺は絶対に聞かない。
「へー」
中澤は俺の無機質な相槌には特に反応しなかった。
目的地まではまだしばらくかかりそうだし、中澤と話したいことも特に無いので、俺は早々にスマホへと目を移す。
すると、それに気づいた神谷が、「これやろう」といつものFPSゲームのホーム画面を見せてきたので俺もそれを開いた。
「へー、2人ともそれやってるんだー。ちょっと前に流行ってたゲームだよね……あ、ランクも結構……!」
興味ありげに俺のスマホを覗き込む中澤。その反応から中澤自身もプレイ経験があることが窺える。
最近でも2日に一回ほどの頻度ではやっていたため、実力も徐々に上がりつつあった。だが、それは神谷も同じで彼女の画面には見慣れない数字が示されていた。
「お前、ランカーなのか」
「まぁね」
特に自慢するわけでも無く、平坦な口調でそう言う神谷を見て、中澤は分かりやすく目を見開く。
「すげぇ……俺も久しぶりにやろうかな」
多分やる気は無いだろうが、そんなことを口にしながら見守る中澤の前で久しぶりの神谷との対戦が行われることとなった。
「これさ、買った方が何かしてもらうとかってやらないの?その方が面白そうじゃん」
準備中の画面を見ながら中澤が再び口を挟む。
「チーム戦だぞ?いくら他がbotとは言え単純な勝ち負けじゃ無いだろ」
「あー……」
適当な理由を言うと中澤はあまり納得のいかない様子で声を漏らす。そんなことしたら俺にメリットないだろうが。ランカー相手に誰が勝てるって言うんだよ。
すると、この話を聞いた神谷が少し乗り気で言った。
「でも先月くらいからタイマン機能ついたよね。まだ試したことないからやってみようよ」
「いや、普通のチーム戦の方が面白いだろ」
タイマンなんてやったら秒で終わる。
中澤……関係ないと思って好き勝手言いやがって。ちら、と中澤へ「黙ってろ」と言う意を込めて視線を送ったが、
「へー、今はタイマン機能まで付いたのか……面白そう」
中澤はそんな俺の意図にも気付かずに話を盛り上げる。
「部屋作ったよ」
「なぁ、俺の話聞いてた?」
「ん?何が?」
「……」
わざと惚けているのかは分からないが、これ以上拒否し続けるのも野暮なので大人しく招待された部屋へと入った。
ルールは当然の様にタイマン。画面上部に「Mr.克実」と「ポン」のアイコンが睨み合う様に並んだ。
「じゃあ負けた方の罰ゲームはどうする?」
「いつの間に罰ゲームになった」
「じゃあ他に何かあるの?」
「いや、特に……」
いつもこうやって言いくるめられている気がする。けどまぁ相手が神谷なら度が過ぎる罰ゲームなんて無いだろうし……
「分かったよ。じゃあ俺が勝ったらそのプレイヤー名を変えろ」
どうせそんな未来は訪れやしない。対して面白そうな罰ゲームも思いつかなかったので俺は目に映った「ポン」の文字を指した。
「え……?どうして?」
悲しそう……と言う感じではなくシンプルに疑問を浮かべながら神谷は小首を傾げる。
「なんかムカつくんだよ、その名前」
「うちのポンちゃん可愛いのに……」
「知るか。俺の知る"ポン"は銃乱射する男だけだ。……で、お前は?」
口を尖らせながら不満を露わにする神谷へ問うと少し固まった後、小さな口を開いた。
「うーん……じゃあ私が勝ったら一緒にお化け屋敷ね」
「へぇ……いやいや、もっと面白いのねぇのかよ」
「えー、罰ゲームっていうと他何かあるかなぁ……」
お化け屋敷なんか冗談じゃねえ。別に大声を出してしまって恥ずかしいとかそんな理由で嫌なんじゃねぇんだ、俺は。寧ろノーリアクションで終えて「何だ、つまんない」とかいわれるレベルだろう。
だが、嫌なのはその後。視覚と聴覚から脳裏へと刷り込まれた気色の悪い記憶が今後の生活にこびりつくのが心底嫌なんだ。夜中のトイレとか電気の消えた学校の廊下とかふとした瞬間に浮かび上がるそれらが俺の生活を狂わせるのは目に見えている。
うまく他の罰ゲームが提案されるのを待っていると、隣で見ていた中澤が不思議そうに言った。
「十分な罰ゲームなんじゃない?」
「何もしないやつは黙ってろ」
「ははは、ごめんごめん」
関係ないからと軽く笑う中澤に少しイラッとした。
なんなら、罰ゲームの提案をし出したのはこいつなんだからこいつも受けるべきだろうとすら思う。
「やっぱお化け屋敷でいいよ。他何も思いつかないし」
「……俺だけで入るってこと?それ面白い?」
「えー?なに?もしかして怖いの?それなら私も一緒に入ろうか?私は普通に入りたいし」
「別にそんなんじゃねぇよ。てか、俺が勝てば済む話だからな」
全く勝てる気なんかしないが。バスの揺れで神谷がスマホを落としたりでもしない限りお化け屋敷は確定だな。
「へぇ、自信あるんだぁ。まぁ手加減はしないけどね」
不敵に口角の上がる横顔から神谷自身も負ける気はさらさらない事がわかった。
そして、戦いの火蓋が切られた。
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