12.10 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない
「はいじゃあ決まりね」
「え……ああ、まぁ……」
特に裏は無いだろうと言う理由だけで承諾してしまったが、実際どうなんだろうか。
未だにその「夏祭り」と言うここ数年の生活とはかけ離れたイベントに同級生と2人で参加すると言う異常事態に身構えてしまっている自分がいる。
しつこい男は嫌われると言うが今好かれているわけでも無いから問題ないよな。
「2人ってのが別に変では無いってのは分かったが……他を誘わない理由はなんだよ。人数いた方が楽しいって思うタイプじゃねぇの?」
『いや、まぁそう言われればそうだけど……ほら、あんたはそうじゃ無いでしょ』
まぁそうだけど厳密にはそうじゃ無い。
特別な好意がないとはいえ同級生の女子と2人ってのも集団と同じくらい気まずいってのが分からんのか。なんなら今回のメンバー内であれば複数の方が気まずくはない。
「俺は別になんでもいいけど」
『じゃあ明日は遅れないようにしなさいよ』
「分かってる……」
静かに通話は終わった。
こう何度も念押しされちゃあ絶対に寝坊は出来ないな。
俺はバイトまみれのスケジュールに1つ違う色の印を灯し、そのまま部屋へ戻った。
***
「おい、そろそろ起きろ」
「んー……」
かれこれこのやりとりを20分ほど続けている。
既にたたみ終えた布団に寄りかかりながら慣れたスマホゲームに指を滑らす。
やや難易度の高いダンジョンに挑んでは負け、一戦終える度にこのようにして声を掛けていた。
当の笠原は、普段のズボラな部分のみを凝縮したように何故か掛け布団に抱きつきながら明らかに意識のない音を上げる。
こんなんで生徒会長志望とは……。どこか見覚えがあると思ったら、リビングで寝てしまった鈴だ。
まだ時間に余裕はあるが……俺とは準備に要する時間が違うからなぁ。朝食も別室で食べるようだしそろそろ……。
「置いてくぞ、この山奥に」
「ん〜……あ、お、おはよう……柳橋くん……」
「お、おう……」
何が引っかかったのかは知らないが突如抱きしめていた掛け布団を投げ捨て焦ったように俺を見る笠原。
ようやく夢から覚め、全てを思い出したらしい。
「早く準備しろよ、バス乗り遅れるぞ」
「そそそ、そうだよね……急がないと……」
笠原は、かぁ、と頬を赤く染め慌ただしく動き出した。
となると、俺はまた外で待ってた方が良いやつか……。
既にまとめ終えた荷物を角に寄せた後、部屋を出て、俺は食堂付近の椅子に腰を下ろした。
運良く朝食が付いていたのは良かったな。こんなところじゃあコンビニ探すのも一苦労。最悪朝食抜きにもなりかねない。
普段自堕落な生活をしている癖にこーゆー時は妙に生活リズムを気にしてしまうのはなんなんだろう。
しばらくすると慌てたように「お待たせ!」と笠原が出てきた。思いのほか早かった。
「飯食ったらすぐ行くつもりだったんだが……もう準備は良いのか?まだ時間は余裕あるけど」
「え?私は全然大丈夫だよ!いつも準備にはあんまり時間かからないんだ〜!」
「ならいいけど」
予定よりはやや早く食堂に入り、今さっき準備されたような湯気の立つ朝食を前に腰を下ろす。
老夫婦や3人家族など俺たちの他には数組しか居ないものの部屋がそこまで広く無い分距離は近い。
それもあり、年齢を誤魔化している身としては会話の一つも変に気を使う。
だが、笠原はそんな事考えている筈もない。
「これ美味しいね!」「みんな起きれたかな」など一口食べるごとに口を開く。
今の所怪しまれはしない内容といえども、笠原なら口を滑らせかねないと言う俺の思い込みから気が抜けない。
すると、
「元気な子だねぇ……」
「お顔もモデルさんみたいね」
一つ隣の席に居た60代くらいの女性の二人組が孫を見守るような目で笠原へ話しかけてきた。
「あ、ありがとうございます……!」
照れなのか、笠原はそう答えた後俺に向かってにこっとはにかんだ。
すると隣の女性は続けるように、
「まだお若いでしょ?いくつ?」
「じゅうろ…….」
「21!2人とも21歳です!」
「あ、そ、そうです!21歳です」
ほらな、思ったとおりだ。
「そ、そう……若いわねぇ」
突然会話に乱入してきた俺に少し驚きつつも、女性達はまた穏やかな表情で2人の会話へと戻って行った。
ふぅ、と一息吐きつつ俺はギロと笠原へ目を向ける。
「ご、ごめんなさぁぃ……」
笠原は気まずそうに視線を背けた。
まぁ実際のところ、実年齢を言ってしまったとてこの女性達がわざわざ報告に行くとも思えないが、万全を期すに越した事はない。
***
思っていたよりも早くバス停に到着し、後は20分ほど待つだけだ。普段のどうでもいい平日であれば寝坊などザラにあるが、いざとなれば確実な行動が出来る点は自分でも評価している。
「いやぁ、柳橋くんのおかげで寝坊せずに済んだよ」
「あんなので今までよく遅刻もなく来れたな。……凄いわ」
———主に親が。
俺の声量じゃあ効果がないことから既それなりの音量に慣れてしまっている事が伺える。
だがその称賛の言葉を笠原は自分へ向けられた事と思い込み、誇らしげに語る。
「そうなの!今まで遅刻したり寝坊した事ないんだ〜」
「へー、そうか。それは凄いな」
ここまで堂々と自慢されるのはなんか違う。どうせなら記念すべき初寝坊を今日くれてやれば良かったと思えてくる。
まぁそんなことしようものなら後々俺を苦しめる事になるだろうが……。
あまりに雑な返答にさすがの笠原も違和感を覚えたらしく眉を顰めか首を傾げる。
「え、もしかして私なんか馬鹿にされてる?」
「いや、すげぇ褒めてる。」
「じゃあいいや!ありがとう」
笑顔と共に不意に感謝を告げられ、数秒反応に戸惑った俺はすっと視線を落とすことでやり過ごした。
しかし、再び笠原が話しかけてくる。
「ねぇ、柳橋くんって残りの夏休みって何か予定とか決めてるの?」
「え、まぁある程度は……」
「あ、そうなんだ……」
残りなんて僅か10日程。いかに体力を補充するかが鍵だ。
と、思ってはいるが、バイトはそこそこ入っていた気がする。
「なんで?」
「いやぁ……家族でどこか出かけたりするのかなぁって思って。あ、私はこの前関西行って来たんだ〜」
「へー、うちはそんな習慣無いからな。普通に残りはゆっくり休む」
家族旅行なんて何年前のことやら……。俺抜きでなら何度も言っているようではあるか……。まぁ毎度一応声はかかるが俺が自ら留守番を名乗り出ることで終わらせている。
「えぇー!もったいなく無い?せっかくの夏休みなのに!お祭りくらい行けばいいのに〜、じゃあさ……」
笠原が何か話しかけたところで乗る予定の小型バスが角を曲がって姿を現した。
「バス、来たな……」
「あ、うん!」
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