12.9 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない

 その後も淡々と、意図の見えない笠原の話を聞いていた事もあり、やや眠気が薄れてしまい、同時に尿意が押し寄せてきた。


「夏休みは夏祭りもあるし、それが終わったら今度は文化祭とかもあるし……そーゆのもまたみんなで何かしたいなって……」


 ずいぶん先のことまで考えているようだ。


 こんな寄せ集めの部活にそこまでこだわる理由は何なんだ?


 こんな部活の交流を活用せずとも友達なんかそこら中にいるだろうに。


「まぁ私はその後に生徒会選挙も控えてるんだけどね……」


 話の切れ間を見計らって何度か動こうとしたが、そもそも俺が起きているかどうかなど彼女は気にしてすらいなそうだったので俺はゆっくりと状態を起こした。


「え!あ……もしかしてずっと起きてたの?」


「そうベラベラ話されちゃあ寝れるわけないだろ」


「あ、ごめん……」


「いや冗談だけど。便所行くだけ」


 そのまま出入り口へ向かうが、さっきから話されていた笠原の話がどうにも気持ち悪く脳内にこびりつき、一言何か言ってスッキリさせたかった。


「明日もあるし水を刺すような発言に捉えられるかもしれないけど」


「え?どうかしたの?」


 暗がりで顔は見えないが、ガサと動く音と僅かに差し込む月明かりで笠原が起き上がりこちらを向いたのが分かった。


「少し相談部にこだわりすぎじゃないか?」


「こだわりすぎ……?」


「別に悪いとは言わないけど、大した意志もなく集められたメンバーで田辺先生の気が変わればいつ無くなったっておかしくないこの部活の繋がりを無理に深める必要もないって言うか……」


 うーん。何とも表現し難い。返事のないところからするとおそらく笠原にも上手く伝わっていない。


「遊びとかイベントとかは1番楽しめる人と楽しめば良いし、生徒会選挙の応援演説だって1番信頼できる人間を選ぶべきだろ。まぁ、誘ってもらっておいて何偉そうなこと言ってんだって話だけどな……」


 笠原のような根が真っ直ぐすぎる人間は他人の孤立すらも気にかける。俺が嫌かどうかという事ではない。ただこの世には手を助ける必要の無い人間もいるって事を理解して欲しい。


———だが、この発言にすら綺麗な言葉しか使わないのが笠原だ。


「私は私の1番と思う意見を言ってるつもりだよ……」


「そう……」


 咎めるような事では無いし、俺自身そんな立場でも無い事も百も承知。俺はそのまま静かに部屋を出た。



***



 薄暗くやや気味の悪いトイレにて用を足し、ふっと一息。何気なくポケットのスマホを開くと2分前に柏木からLINEが届いていた。


『今起きてる』


 ん?これは何の報告なんだ?いや、単純に"?"の付け忘れなのだろうか。

 悩んだ末に一言返す。


「そうか」


 単なる報告であると仮定して送信した直後、突然スマホが振動した。


 突然の振動に心臓がキュッとなり、ドタバタと慌てながら取り敢えず俺は外へ行き、電話に応答した。


『あ、こんばんは』


「はあ……いや、こんばんはじゃねぇよ。何だよ急に」


 虫の鳴き声だけが鳴る闇夜に俺の声がポツリと残る。あまり大きな声で話せば近隣住民に注意されかねない。まあいつもの俺の声量じゃあ問題ないだろうが。

 

『急じゃないでしょ、先にLINE送ったし。それならあんたの方が意味分からない。?つけなかっただけで通じないの?』


 口調こそいつもの柏木ではあるものの、やはり声量は抑えめ。そのせいかいつものような強さは感じない。


「……それで、その急ぎの要件は何だ?てか、何で俺なんだよ。電話なら笠原にかけろ」


 雑に使われ慣れているとはいえそう好き放題使われてやる気はさらさらない。しかも今回に限っては俺の知る情報なんぞたかが知れてる。


『あんたに用があったからあんたにかけたんだけど』


「そう……で、その用ってのは?」


 全く思い当たる節もないし、神谷や中澤が近くにいる感じでもなさそうだ。


 少し間が空き、軽い咳払いのような音がスピーカー越しに聞こえた。


『来週なんだけど、日曜バイト?』


「何で?」

『バイトあんの?』


 俺の疑問には全く答える気がないらしいので、仕方なくスケジュールを確認した。


「無いけど」

『じゃあ暇って事ね』

「喧嘩売ってんのか?」

『じゃあなんかあんの?』

「いや、別に……だったら何だよ」


 仮初の予定すら言えない自分がただただ虚しく感じた。バイト以外の予定がない高校生なんて世の中には五万といる筈だと心に言い聞かせて来たってのによ。


『その日祭りあるの分かるでしょ?』

「いや、分からん。小学生以来行ってないから日付なんて覚えてない」


 確かにそのぐらいの時期だった気がしなくもない。ただ毎年その日は鈴が友達と出掛け、両親も出かけていないためのんびり1人で過ごしていた。


『どうせそんな事だろうと思った……可哀想だから誘ってあげようと思って』

 

「余計なお世話だ。あーゆーのは性に合わないんだよ」


 誘ってあげるって……。勝手に憐みやがって。スマホ眺めながらカップ麺食べるだけで十分なんだよ、俺は。

 俺が入っても問題ない人らと行くってことは今回と同じメンバーだってことなんだろう……。中澤あたりが言い出したに違いない。


『行ってみないと分かんないでしょ』


「何でそこまでして俺を引き摺り出そうとする……4人で行ってこいよ」


『は?4人……?え、誰』


 突然戸惑ったような声で尋ねてくる柏木。あれ、今日来るの俺入れて5人じゃなかったっけ?


「いや、今回の相談部のメンバーで行こうとしてんじゃねぇの?笠原も夏祭りがどうとか言ってたし……」


『そんな事言ってないけど。もしかして希美にそう誘われた?』

「いや。え、じゃあお前は俺を何のコミュニティに突っ込もうとしてんの?」


 思い当たるとすれば……鈴関連の誰かとか……?いや、流石に意味分からんよな。


 困惑しながらも耳に当てていたスマホから少しトーンの落ちた柏木の声が聞こえてきた。


『……普通に2人で行くつもりだったんだけど』


 何とか意図を汲み取ろうとしたがこの短時間では無理だった。

 小学生くらいまでの俺ならおそらく「あ、こいつ俺に気があるんじゃないか?」とか思いながらスカした返事をしていただろうな。おそらく世に蔓延る大半の陰キャくん達もそう。

 認めたくは無いが、何なら今の俺も脳の片隅1割くらいはそんな考えをチラつかせている。

 

 だがその時期を通り越してしまった俺の残り9割の陰キャ脳は違う。「何か裏があるに違い無い」と自己防衛本能に駆られる。


「流石にそれは気まずいだろ……お前も」

『前に鈴の買い物行ったじゃん』

「あれは……」

 

 行くつもりなんかなかったんだよなぁ、本当は。まぁあの時気まずかったかって言われると別にそんな風には感じなかったけど。

 その時の延長的な感じで暇そうだったから声掛けただけってことか。

 夏祭りって言う青春じみたワードに勝手に動揺してんのは俺だけだったようだ。


「まぁ確かにそうだな……別に良いけど」


 

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