12.8 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない

 無事電話も終え近くの宿をだめ元で探していると、しばらくして笠原が戻ってきた。


「さっきはごめんねヒヤヒヤしたよね……」


「ほんとだよ。マジで心臓に悪い」


 笠原の膝を見ると微かに赤くなっている程度で目立った外傷は無かった。


 と、ここからが本題だ。


「どうしようか……近くには旅館も無いみたいだよね……」


「そうだな。今調べてみたが1番近くて3キロ離れてる。見た感じ小さそうだしここも空いてるか分からん」


 せっかく話がまとまってたのにこれじゃあどうしようもない。


「そうは言っても電話かけて空いてる場所探すしかねぇよな」


 先は見えないがそうする他ない。2人で探せば1件くらいはあるだろうし5キロまでなら歩いていける。

 そう言い聞かせながらスマホを睨んでいると、笠原が口を開いた。


「もうここに泊まった方が良いと思うんだけど……今から探して歩いてって言うのは危険な気がするし……」


「まぁそりゃあそれが1番安全だろうな。でも」

「私達が同じ部屋で泊まったって誰にも言わなければ大丈夫じゃない?」


 真剣な顔で言う笠原。


 まぁそうなんだけど。万が一ってのがあるだろう。

 俺は今後の人間関係でもめる危険が1%でもある道より一晩夜道を彷徨うくらいの身の危険を選ぶ。

 何ならスマホも充電できた今なら山奥の夜道だろうが俺に敵は居ないとすら感じている。


 とは言え……。


 正直なところ今日は疲れすぎてこれ以上歩ける気がしないのは事実。現実的なのはここに泊まる事だよな。


「そうだな。明日も予定がある訳だし……仕方ないか……」


「うん。今日はもうゆっくり休もう……私が言うのは違うか……ハハハ」


 笠原はそう言ってはにかむと敷かれていた布団に背中からドサッと倒れ込む。


「あー!この布団すっごいフカフカだよ!」


 本来であれば女性側が拒むものと思っていたが……何なんだこの異様な余裕は。


 俺も一応男な訳で万が一の万が一ってのが……といってもまぁ俺みたいな陰キャの場合は基本的に臆病だ。


 たかが同級生の女の子が隣で寝ている程度じゃあ理性を失うなんて事は無い。寧ろ緊張して身動き一つできやしない。その点においては安心だ。


「あぁ!!」

 

「……っるさいな!いきなり何だよ!」


「こ、ここの大浴場男湯と女湯が時間で変わるみたいで……女湯の時間もう30分しかない!!」


 あわあわと目の前を慌ただしく動き回りながら支度を整える笠原に思わずため息が溢れた。


「ねぇあの……」

 

「今度は何だよ」


 自分のカバンを探りながら俺に背を向け、顔だけをこちらに向けている。その頬はやや紅陽していた。


「あんまりしっかり見られてるとちょっと……」


「……そ、外出てる」

 

 気まず……。まぁそうだよな。多分下着とかも準備してる訳だし。やはり同じ部屋で男女で泊まるってのは兄妹か恋人じゃ無いと難しい。



***



 程よく賑やかで安心感の漂う暖かな雰囲気。


 風呂を上がりロビー設置されたソファーにて旅館の管理者と少々会話を交わした。

 年齢詐称がバレぬよう程よく嘘を交え、東京の大学で経済学を学ぶ学生を演じ通した事は褒めて欲しい。


 疲れがかなり溜まっていたはずだが、用意されていたボディーソープやシャンプーがかなり高級なものだったようでいつも以上に健康体にすら感じる。


 当初の予定からは程遠い初日に終わったが悪い事ばかりではないものだ。サービスで貰った瓶のコーヒー牛乳をゆっくりと飲み終えた後、俺は部屋へと戻った。


 



「あ、おかえり」


「……おう」


 おかえりって……。何でこの状況にここまで順応しきってんだよ。


 服も普段から来ているものなのかは分からないが、明らかにパジャマ用として売られていそうな服。よれた服や中学の体操着を着ている俺とは大違いだ。


 仕切りも何もない和室……。布団は離してあるとは言え、やはり気まずいな……。


「柳橋くんいつも何時頃寝てるの?」


「え……適当だけど。眠くなったら寝る」


「へぇー。私もそんな感じなんだよねぇ」


 笠原は既に就寝の支度を整えているように見えたので、俺もそそくさと少ない荷物を隅にまとめた。


 俺も笠原もやむを得ないと理解せざるを得ない状況だからか、先ほどに比べ妙な気まずさは薄れているように感じる。


 ナイトルーティンなんてものも特に無い俺は歯を磨き終えればもう終わり。変な空気を盛り返させないためにも会話を交える間すら作らぬよう直ぐに布団へ入りイヤホンを装着した。


 しかし、


「知ってた?寝る前のスマホって良く無いんだよ!あとイヤホンつけながら寝るのも!」


 突然左耳からイヤホンを引き抜かれた挙句、俺が半身を起こし振り返ると得意げな顔を見せつけられた。


「……イヤホンは寝る時外す」


「えぇ、じゃあ目は悪くなっても良いの?」

 

「いや、そう言う訳じゃねぇけど……お前に言われる筋合いはない、母親かよ。……俺の事はいいから早く寝ろよ」


笠原の手から取られていた左側のイヤホンを取り返し、俺は再び壁側を向いて布団に戻る。


「えー、せっかく来たのにすぐ寝るのって勿体無い感しちゃう……」


「そんな体力有り余ってんなら明日使えばいいだろ。こんな何も無いど田舎旅館で発揮する必要ない」


 何も無い所での複数人を楽しめるのは陽キャだけなんだよ。


 ぜひ、陰キャと陽キャの違いイレギュラー対応編「イレギュラーをチャンスと捉えるのが陽キャであり、ピンチと捉えるのが陰キャである」と知ってほしい


 もし俺の立場が陽キャだったらこんな状況は超特大イベントと捉えていたに違いない。


「楽しい話がしたいなら誰かに電話でもかけたらどうだ?まだそう遅くないし誰かしら起きてんだろ。俺はどんな環境でも寝れるから気にしないし」


 俺の役割は、明日確実に予定のバスに乗る事。勝手な推測でしか無いが笠原を頼りにしては乗り遅れる未来しか見えない。


 これ以上の予定変更はプラスに動かない事は確実だ。


「いやー、やっぱり私も寝坊すると悪いから寝よっかな」


 少しの間は後ろに気配を感じたがそれもすぐになくなり、しばらくして「電気消すね」とだけ確認をされたので、俺もイヤホンを外し、スマホを充電器へ繋いだ。


 大層つまらなくしてしまって申し訳ない気もあるが俺にこれ以上は無理だ。人の楽しませ方なんてとっくに忘れ去っている。

 

 自らの片手を頭の下に置き、電化製品の微音だけが流れる和室でうとうとと眠りにつこうとした時。


「まだ起きてる?」


 背後から笠原の声がした。


 画面の明かりも特に見えないことから俺に言っているのだろう。

 特に返事はせず、俺は少し身体を仰向け寄りにし、その声に耳を傾ける。


「……私こーゆーのすごい初めてで……」


 返事をしなかったせいか、声のボリュームを少し落とし話しだした。


「田辺先生の手伝いは去年からしてたんだけど、それを部活にしようって言われた時はすごいびっくりして……不安もあったけど凄い楽しみでもあって……。柳橋くんは本意ではなかったのかもだけど相談部が出来て……綾と優也くんが入って……運動会とかボランティアとか、何もないのに放課後も楽しみになって、私凄い楽しかったんだぁ……」


 ただただ浮かんだ言葉を吐き出すように続ける笠原の話を俺は黙って聞いていた。

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