12.7 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない

 一部屋空いていただけでも良かったと思い、一旦は部屋の中へ入った。だが、畳の上にすでに敷かれた2枚の布団を見て素直に受け入れるのも無理な話だ。


「これは流石にな……」


「わ、私は大丈夫……だけど……ほら、部屋も結構広いし」


 立場上言い辛いのか笠原はなんとか肯定的な意見を述べるがそうもいかない。


「いや、やっぱだめだろ。スマホだけ少し充電したら俺は他の場所探すわ」


「え!それなら私もそうするよ」


「そしたら意味ねぇだろ。一部屋だけならそんな難しくは無いだろうから」


 俺だけなら場所に気遣う必要もないからどこでも良い。でも明日のことを考えればなるべくここから近いほうがいいか。


「私は全然気にしないよ。もし柳橋くんが嫌なら私が他の場所探すけど、だって元はと言えば私が……」


「だからもうそう言う話はいいだろ。あと俺が嫌だからとかそう言う事でもない」


「じゃあなんで……?」


 笠原は続けて問う。


 いや、そうなんだよ。どちらも状況を理解していてここで2人で宿泊する事が一番安全であるのも間違いはない。でも何か引っ掛かるこの感じ……。


 俺は静かに充電が進むスマホ画面に目を落とし原因を探す。


 そして、ぱっと着いたスマホ画面に写るLINEのメッセージ送信者名を見て全てに合点がいった。


「……俺がとか笠原がとかじゃなくて周りから見てどう思われるかって話だよ」


「周りから……」


 他の2人は特になんとも思わないかも知れないが、中澤からしたら良い風に思わないのは明らか。


 ずっとどこか引っ掛かっていた原因は中澤の存在だ。


 長らく人目を気にせずに生きてきたってのにここに来て変わってしまったのかと実感し己にやや幻滅した。

 だがこんな状況じゃあ俺だって立場が変わればどう思うかと言う事くらい考える。


 ようやく理解したようで、笠原は頷いた。


「そうだよね……じゃあ場所探すのは私もやる!スマホも使えるように……あ!」


 ブーンと、静かな室内にスマホのバイブ音が響き渡る。辺りを見渡すとその音は俺のすぐ後ろからだった。


「あ、俺のか」


 電話だ。相手は柏木だ。

 それに気づいた笠原も四つん這いでこちらへ近づいて来たので俺は音声をスピーカーに切り替えた。


『あ、もしもし。あんた達大丈夫なの?てか、今どこにいんの?』

「いや……取り敢えずは旅館に泊まることになって……」


 心なしかいつもより優しげな声色の柏木。やはり非常時には誰しも優しくなるのだろうか。風邪を引いた時の母親のように……。


 これから違う宿を探すつもりではあるが、電話が繋がった状態で俺達が一緒にいると知られれば色々と説明も面倒なので、俺は笠原に静かにするよう合図で知らせた。


『あ、そう……鶴竜荘ってとこ?』

「え?知ってんの?」


『そんなわけないでしょ。なんか歩いて行ける範囲にはそれくらいだったって綾が言ってて……』


「へ、へぇ……そう……」


 まじか……これから探そうとしてたのに……。


『2部屋も空いてたのね……え、まさか同じ部屋で泊まるつもりだった?』

「いやいや、まさかそんなわけ……」


 そうだった……。相手が笠原となればこいつも黙ってないんだった……。


『あ、そう。なら良いけど……』

「うん……そんなことよりそっちはどうなんだよ。中澤とか神谷とか……」

『え?あぁー……』


 なんとかこちらへの意識を逸らすため話を変える。電話口は焦りを隠しやすくて良かった。柏木は唐突な話の切り替えを不審がりながらも答える。


『優也はお風呂行ったわ。綾は今目の前にいる。希美に電話かけるんだって』


「そ、そうなのか……」


 まずい……!

 俺と笠原は瞬時にアイコンタクトを取ると、笠原は慌ててスマホを持って部屋の出口側へ急ぐ。が、


 ドンッ!!


『今そっちからすごい音しなかった?』

「あ、ああ……ちょっとつまずいた……」

『は?何してんのあんた……まぁあんたらしいけど』

「ははは……」


 慌てて移動した笠原が俺のスマホの充電コードに足を引っ掛け派手に転んだ。


 なんとか誤魔化せたようで安心したが、膝をさすりながら立ち上がる笠原を次なる災難が襲う。


 笠原のスマホが盛大な着信音が鳴り響いた。


『ねぇ、なんか電話なってない?』


「いや……き、気のせいだと思うけど……?そんなことより」

『いや、やっぱ電話の音聞こえる。誰かいんの?』


 やや低くなるトーンに冷や汗がつぅと背を伝う。


「いやいや誰もいないし何も鳴ってないです。気のせいですよ。はい」

『なんで敬語?キモ』


 どこがキモいのかは置いておき、とにかく今はこの疑いの目を背けさせねばならない。


 直後引き戸の擦れる音と共に着信音が消えたので笠原は無事電話に出れたのだろう。

 危なっかしい原因物質が消えた事にふぅ、と胸を撫で下ろす。

 

『まぁなんでも良いけど……そんなことより、なに?』


「え、ああ……」


 今度は出まかせで放った一言で自らの首を絞める。ここはテキトーに……。


「明日の時間とか聞こうかと思って……」

『そうね……あんた達の泊まってる所の少し降りた所にバス停があると思うんだけどそこを9時半に着くバスに私達も乗ってるから』


「なるほど。そこから合流すれば良いって事だな」

『それ乗り過ごすとまた1時間以上待たないとだから。希美はあー見えて結構ドジだから。あんたも気を付けて』

「おう。悪いな色々と」


 あー見えて、と言うか俺はそーゆーイメージしか持っていないのだが。取り敢えず変な疑いを持たれることもなくおわれそうだが、俺はこの後どうすれば良いのだろうか。


『ねぇ……あんたさ……』

「なに?」


 まだ何か怪しまれているのかと少々身構えたせいで強めな返しをしてしまった。

 それを不快に思ったからなのかは分からないが、少し間を取ってから柏木は続ける。


『夏休み中忙しいの?』

「まぁ日中はそれなりに……バイト結構入ってるし」


 この場合の「忙しい」はどれくらいを指すのだろうか。俺からすれば、長期休みなのに週3日以上予定があれば、それは忙しいと換算してしまう。


『あ、そう……』

「いや、俺だって毎日ダラダラしてるだけじゃねぇからな」

『バイト以外は?』

「は?何でそんな……」


 言いかけて口を紡ぐ。俺は何となく察した。

 そうだ。これは笠原の選挙の準備を手伝わせようって事だな。本来なら自分が手伝いたいが部活で忙しいし、神谷だけでは手が足りないと。


 そこで「そー言えば、都合よく動きそうなモブが余っているじゃねぇか!」と……なるほど。


 俺はこほんと咳払いをし、言い直す。


「まぁ他にも幾つかは……何もない日ってのはあんま無いかもな」


『へぇ。まぁ良いわ。じゃまた』

「え、あ……」


 ブツっと切られた。

 この雑な感じにも、何だよあいつ!と一々思わなくなってきた。慣れってのは恐ろしい。





 

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