12.6 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない
流石に場所くらい把握したいが……出来ればスマホはあまり使いたく無い。
端的に、別荘の住所を教えて欲しいとグループにLINEを送るとすぐに中澤から送られてきた。
「便利なもんだな、LINEってのは」
「え、うん……そうだね……」
何を年寄りじみた事を言っているのか、とでも言うような反応をしつつ笠原は俺のスマホをチラと見る。
だが当然聞いたこともない地名だ。
これだけ見てもどこだか分かりはしない。向かうべき住所がわかった以上近くのバス停なんかどうでもいいしな。
しかし、交番が目の前にあるのは不幸中の幸いだった。
俺と笠原が再び交番へ入ると先ほどと同じ若い警官がむかえ出てくれた。
「すみません。この住所の場所に行きたいんですけど……バスも来そうになくて」
残り3%となってしまった画面を見せながら俺が尋ねると、警官は眉を寄せ画面を覗く。
そして直後グッと眉間にシワが寄るのが分かった。
「ここですか……?ここからだと20キロ以上ありますよ……今日は休日なので確かにバスは無いですし……」
「休日だとバス来ないんですか!?」
笠原が驚いた様子で聞くと警官は言いづらそうに頷く。
「はい、平日運行のものなら走っているのですが……」
どうやら神谷と俺の見ていた時刻表は平日運行の市営バスのものだったらしい。どうりでバスも来ないわけだ。
「分かりました。ありがとうございます」
「大丈夫ですか?もしだったら親御さんに……」
「あー、いえ、多分大丈夫です」
「そうですか……。お気を付けて」
いや、多分大丈夫じゃない。けどこんな事で警察官の業務を増やしてしまうのは申し訳ない。
俺と笠原は2度目の交番を後にした。
「まいったな……20キロってなるとタクシーで帰るにしても相当金がかかる」
「電話して頼むにも充電が無くなりそうだもんね……どうしよう……」
知らぬ地で別行動なんて安易な考えだったか……。こんなことなら笠原のスマホは明日の朝取りに来れば良かった。
「取り敢えずは中澤たちにどうするべきか……あ……!」
話していると丁度、俺のスマホが振動した。
『あ、柳橋くん?どう?帰って来れそうか?』
「いや、バスもないらしくてスマホの充電も切れそうでぶっちゃけかなりまずい」
『たったさっき俺たちもバスが無いことに気付いたんだよ。タクシーとかは……』
「そんな金今持ってねぇよ。多分もう充電切れるから予約もできない」
『それなら俺が代わりに……あ、ちょっと神谷に代わる……』
「おう」
数秒のドタドタした音が鳴った後、か細い声がスピーカー越しに聞こえてきた。
『もしだったらタクシーよりも近くの旅館さがした方が良いかも。その近くはそこまで値段も高く無い小さい宿も何軒かあるみたいだからその方が……』
プツッとまるで通信の途絶えた無線機のように突如音声が途絶えた。
「充電切れか」
「中澤くん何て言ってた?」
「それが……途中から中澤から神谷に代わって近くの旅館探せって……」
確かに値段的にはそうかも知れないが……。
「え!?泊まって行くってこと?」
「いや、まぁでも少し探してみて決めた方が良いかもな」
「そうだね」
とりあえず宿を見つけることさえできればそこからタクシーを呼んでもらえる可能性もある。慣れない土地でタクシー乗り場を手探りに探すよりはマシだろう。
「あ、でも高校生だけで泊まれるのかな?」
「多分無理だろうな。泊まるのなら大学生とかの設定にするしかない……で、結局お前はどっちがいいの?」
年齢を偽るなど容易いがそーゆー事を笠原は嫌がりそうだし。こーゆーのは判断を人任せにしておいた方が後々楽になる。
「うーん……私は宿泊施設があるなら泊まった方が確実かなって思うけど……柳橋くんは?」
「野宿じゃなけりゃ俺はなんでもいい」
「……まず一カ所でもいいから見つけないとだね」
俺の回答への反応に困った笠原は止まり掛けていた足を再度動かした。
***
10分程街頭を辿って進んだ先にはぼんやりと朱色の明かりが灯る旅館らしき建物。
虫の集まる古びた照明の照らす下には三文字熟語が縦に並ぶ。正確な読み方は分からないが最後の文字が"荘"なので恐らく旅館なのだろう。
「入ってみるか?」
「うん……」
不安を滲ませた声で笠原は小声で答える。
知らないど田舎の古びた旅館なんて俺だって不安だよ。でもそれ以上に何処からともなく響いている謎の甲高い鳴き声みたいなのが気持ち悪くて仕方がない。
部屋の空きと金額さえクリアすればタクシーなんて呼ばずにすぐ眠りにつきたいとすら思い始めている。
虫の死骸を避けながらゆっくりと足を進め、ようやく目の前に立った。
「鶴竜荘……」
「なんかすごそう……」
「名前だけな」
民家に挟まれながら佇む二階建て木造建築。近付いてみて分かったが家族経営の旅館のようだった。入り口には子供用の自転車やスケートボードが置かれている。
引き戸に恐る恐る手を掛け、「すみません」と一言声を掛けながら扉を開けると中から「はい!」と女性らしき声が聞こえて来た。
玄関には幾つか靴が並べられ、奥からは子供の声。揚げ物の匂いが漂う。民家に挟まれているように見えたが片方の家とは繋がっているようだった。
左手にあるカウンター兼棚のようなスペースに置かれていた一枚紙へ何気なく目を向けるとそこには何やら料金プランのようなものが書かれていた。
「朝食夕食付き一泊3500円」
「私あんまり相場とか分からないけど結構安い?」
「安いんじゃねぇの?俺も自分で泊まったことないから分からない」
プランの紙を見ると、食事や部屋の内装だけでなく、大浴場の写真も添付されている。小さく見えるが建物内は意外にも広いらしい。
それでこの値段ならば思っていた以上に当たりだな。
「時間も時間だし空きがあったらここに泊まるのでいいかもね」
どうやら笠原も満足しているようだ。まぁこんな好条件の旅館にこんな時間で急遽2部屋も空きがあればの話なんだが。
ぱたぱたと急ぎ足で現れたのは50代半ば程の女性だ。
「すみませんお待たせしました。旅館鶴竜荘ですが……宿泊をご希望ですか?」
「えっと……部屋の空きがあれば泊まらせてもらいたいんですが」
「はい、今朝キャンセルがありまして空きはございますが……失礼ですがご年齢は……」
やっぱり聞かれるよな。まぁここは堂々と。
「21です」
「あ、そうでしたか。失礼しました。……2名様ですね……こちらどうぞ」
雰囲気は少し広めの古民家。
女性の後ろを着いていくと引き戸が扉が半開きにされた一部屋が見えた。その目の前で女性の足は止まる。
薄々勘付いてはいたが……。
「こちらになります」
「あぁ……」
笠原も目をぱちぱちとさせながら固まる。
「あの……空いているのは一部屋ですか……?」
「そうですね……」
まぁそう上手くいかんよな。
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