12.5 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない

 「そっか」と納得したように頷く笠原。そしてまた口を開く。


「まだ準備とか何もしてないんだけど……結構色々やらなきゃなんだよねぇ〜」


「まぁそうだろうな」


 あんな面倒臭いのをわざわざやりたがる人の気がしれない。けどそれも勝てる自信のある笠原や中澤だからこそやりたがるのだろう。


「それでね!応援演説を誰に頼むかとかもまだ決まってなくて……」


「柏木とかじゃダメなのか?」


「うーん……頼んでみたんだけど、もう中澤くんが先にお願いしてたみたいで断られちゃった」


 中澤が柏木を?敢えて柏木なのか……。いや、確かに中澤の取り巻きは頭の悪そうな奴ばっかだけど……。


 もしかして本当は笠原に頼もうとしてたのか?でも笠原も立候補するから断られて……あーなるほど。


「誰でも良いだろ。なるべく人気があって話すのが上手い人ならな」


 確かにその条件に当てはまるのは柏木だ。流石中澤。手が早い。人柄だけで言えば田辺先生とか演説めちゃくちゃ上手そうだけど。


 笠原は話す言葉を考えるように少し間を置いた後、再び振り返り話し出した。


「それでね……急なんだけど、柳橋くんにお願い出来ないかなぁ……なんて……」

 

 尻すぼみの語尾でどこか落ち着かないように視線を泳がせながら言う。


「は?俺に応援演説をやれって言ってんの?」


「うん……無理にとは言わないんだけど……」


 期待をするような上目遣いの眼が俺に向く。だが、


「悪いけど他を当たってくれ」


 俺の答えを聞くや否や笠原の顔に僅に灯っていた笑みが消えた。しかしこればかりは仕方のない事だ。

 別に「やりたく無いから」とかそんな軽率な理由だけで断っているのでは無い。


「そうだよね……ごめん無理言って……」


「……まぁ頑張れよ……」


 少しは申し訳ないとは思っている。だが、人には役割ってのがある。


 そして少なからず、笠原の応援演説をやるべきは俺ではない。例え本人から直接頼まれていようが関係のない事なのだ。


 思い込みやカーストなど第三者からの印象が勝敗を分ける生徒会選挙という戦場において俺が立つべき場所は一投票者以外に無い。


 少し気まずい空気が流れたところでようやくキャンプ場まで戻ってきていた。中澤からも俺の元に特に連絡は来ていない。


「やっぱりこうなると……池の中とかしかなさそうだな」


「うーん……」


「今からダメ元でもう一回電話かけてみるが……それでダメなら今日は諦めるしかなさそうだな……」


「そうだね……」


 暗くなり始めている今からじゃあ見つかる見込みは薄いだろう。

 スマホを耳に当てながら応答を待っているとこちらに気がついた中澤達が駆け寄ってきていた。どうやら片付けは終わっているらしい。


「……無理そうか……」


『あっもしもし……』


「あ……!」


 長く繰り返されていた呼び出し音が耳に馴染み始め半ば諦めかけた時、若めの女性の声がスピーカーから補く聞こえた。


『あ、すみません、私このスマートフォンを川の近くで拾った者で……持ち主さんですか?』


「あ、はい、いや……」


 思い掛け無い事態に分かりやすく動揺。鼓動が早くなる感覚。


「その……スマホは今どこにありますか?」


『管理棟が閉まっていたので近くの交番に届けようとしていたところで……もうすぐ交番に着くところです。交番に預けておいてよろしいですか?』


「はい、お願いします……すみませんありがとうございました」


『いえいえ、持ち主が見つかって良かったです』


 終始穏やかな口調のその人との電話を終えると、内容を察していた笠原はほっとしたように表情を緩ませていた。


「良かったな。今から交番に届けてくれるってよ」


「良かったぁ……みんな本当にありがとう!」


「気をつけなさいよ本当に!」


 眼前には、安心からか少し笠原をイジるような柏木の言葉が場を和ませる。だが、そうゆっくりもしていられない。腕時計を見て気が付いた中澤は声を掛ける。


「そろそろ交番に向かわないと……あ、でも交番行ったらバス間に合わなくない?」


 険しい表情で言う中澤。先程とは一変、不穏な空気が流れる。


 確かに中澤の言う通りだ。交番は釣り堀の更に下へ行かなければならない。バスに乗れるように帰ってくる事など時間的に不可能なのだ。


 だが、そんな事に俺が気が付かないわけがない。


「さっき神谷が言ってたバスに乗れば良い。そのバスが停まるバス停なら交番とそんな離れてないし」


 少し前に神谷が見せてきた時刻表によると、少し待つ事にはなるが乗れなくはない。そこまで急ぎの用事があるわけでもないのなら、確実にスマホを取り戻すことが最優先だろう。


「じゃあこのままみんなで……」


「また二手に別れた方が良いと思う」


 中澤が言い掛けたところを神谷の声が遮った。


「道具を持って交番まで行って帰ってくるのは大変だよ。それに、片方のグループが先に早いバスで向かえば夕食の準備とかもちょっと進められそうじゃない?」


「確かにあやの言う通りね」


 この流れだと多分また俺が……。


「そう……か……そうだな……」


 無駄に説得力のある神谷の説明のせいで中澤も首を縦に振るしかない。


 まったく。普段静かなくせにこーゆー時だけよく喋る。


「じゃあそーゆー事だから。ヤナギよろしくね」


「まぁ……うん……」


 神谷は、ふふん!と胸を張りながら俺の肩に手を乗せる。


 なんでそんな得意気なんだよ。俺は中澤の顔がチラつくせいでめちゃくちゃに気まずいんだが。



***



 ついさっき登って来たばかりの坂を下り、今は交番の前。

 

 ガードレールに腰をかける俺の眼前には、若い警官と言葉を交わしながらぺこぺこと頭を下げる笠原が見える。


 普段だらけ続けてきたツケが今になって降ってきたように俺の足は限界を迎えていたこともあり歩くペースは大分遅くなっていた為、周囲も薄暗闇だ。


「良かったぁ……柳橋くん本当にありがとう!」


「あとはバス待つだけだな」


 笠原を待つ間に開いていた自治体のホームページを再度見直し現在の時刻と照らし合わせる。


 大体あと30分くらいか……。


 先に神谷の別荘へ向かった3人がもう準備をして待っていると思うと俺としては何もしていない事に少しばかり後ろめたさも残る。が、スマホの充電をキープしていたのは俺だけだからしょうがないよな。

 そう心に言い聞かせ俺は笠原と共にバスを待つ。



 だが、ここに来てもう一つ。今最も起きてほしくない問題が浮上してきていた。


「なんか……バス遅いね…….」


「ああ…….」


 もう何度時刻を確認したか分からない。バスの通過予定時刻はとうに過ぎている。


「もう行っちゃってたりとかしないよね」


「それはないだろ。俺たちも随分前からここに待ってたし。それらしきバスも通らなかった」


「だよね……」


 嫌な予感が拭えない。取り敢えずまだバスが来ていないことを中澤へ連絡した。


 中澤からはすぐに「了解」と返ってきたが、さすがに俺のスマホもバッテリーが無くなりそうなのでそれだけ確認してすぐに画面を消した。残すは僅か5%か……そう長くは持たない。


 周囲もすっかり暗くなり、田舎特有の謎の虫の鳴き声が響き渡る。まいったな……。


「最悪タクシー呼ぶしか無い。神谷の別荘の住所とか分かるか?」


「あ……ごめんそこまでは……」


「そうか……じゃあ最寄りのバス停は?」


「ごめん……スマホの中にあやから送ってもらった乗り継ぎ表はあるんだけど……」


 まじか…….。ここに来て計画をしっかり聞いていなかった事を深く後悔した。


 

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