11.4 人脈は関わる人間によって増えていくらしい
「読者モデル!」
「あー、それね、うんうん知ってた知ってた」
俺ははいはいと適当に頷いた。モデルなら最初からそう言えよ。わざわざ略して言いやがって。
改めてテレビ画面へと視線を戻す。
名前こそ知らないものの、顔はうっすらと見覚えがあるのは確かだ。
「ほら見て、最近は雑誌とかにも結構載ってて……!」
棚から引き摺り出した雑誌を開き俺の目の前に差し出す鈴。そこには確かに、今テレビの角に映る少女がきらきらとした笑顔で載っていた。
———
となると“さゆりん"ってのがあだ名で……ん?何で鈴と合体させたんだよ。まぁどうでも良いけど。
見せられるものを自然と目で追っていると幾つかの疑問が湧き出てきた。
「こんな知られてる奴なのに俺は名前すら聞いた事なかったな。同じ学校なら自然と話題にはなるだろ?」
あれだけ毎日盗み聞きを続ける俺の耳にも届かないレベルの知名度ってことかもしれないが……大勢のうちの1人とは言えテレビにも出てるし……。
「さゆりんは城北高校じゃ無いよ。私立の女子校通ってる。家はこっちだからこっちでバイトしてるんだと思う」
「学校も行ってモデルもやってバイトまでするって相当ハードだろ。なんでそこまでする?あそこのコンビニ最低賃金だし」
しかも何年続けようが時給が上がる事はないらしい。
テレビに出てるし雑誌にも載ってるとあれば低賃金のコンビニバイトをする必要なんてないはずだ。
この疑問には流石の鈴も首を傾げた。
「なんでだろう……気にしたことなかったけど言われてみればそうだよね」
理由なんて様々か。進学やら留学やら志の高い人間は自分の未来にいくらでも投資したがるものだ。
俺は改めてテレビ画面を見る。すると丁度"さゆりん"にマイクが回っていた。軽い自己紹介みたいなものを話しにこやかに微笑み礼儀よくお辞儀をする。ぶっちゃけめちゃくちゃ可愛い。
へぇ……こんな子とバイトか……夕方は2人体制だし……。うん、悪くは無……
プツッ…….!
「キモい顔すんな……おやすみ」
蔑んだ目を向ける鈴によりテレビが消された。そして直後リビングの電気も消えた。まだ俺が居るんですけど……。
***
たった3ヶ月……と思えどその期間は意外にも長かった。以前の経験はあるとは言え店長は俺を思ってか、事細かに説明してくれた。するとこの期間にも変わったルールもいくつかあり俺も置いて行かれぬようメモを取った。
「大体こんな感じかな。どう?思い出した?」
「はい、まぁ」
「じゃあ今日は前半は僕で途中から佐藤くんとだから」
「はい」
佐藤くんと言うのは以前俺がいた時から居た一個上の男性だ。少し離れた高校に通っているらしい。イメージとしては真面目、寡黙と言ったところだろう。そして少しミステリアス。沈黙が続いても気まずく無い人ランキングトップ3には入る人だ。
今日は17時から21時と言うシフトで19時までは店長と難なくこなした。思いのほか覚えていた言い回しや作業が多く、初日にしては自分でも納得のいく出来だったと思う。
「いいねぇ柳橋くん。あとさぁ、前よりちょっと明るくなった?」
「そうですか?自覚は有りませんが」
明るく……初めて言われた。悪い気はしないけど別に嬉しくは無い。周りからはそう見えているのかな……。
店長に代わり佐藤くんが入った。
軽く挨拶をすると、表情1つ動かさずに定型的な挨拶をされた。うん、この人は前もこうだった。
そのまま終始話す事もなく俺は初日を終えた。
***
日が経つに連れて俺のバイトが忙しくなる一方、相談部はと言えば暇を極めていた。
俺が行く日は大体、日の差し込む部屋で2人がダラけている。たまに来る中澤も特に仕事をする事もなく話して帰るだけだ。一体この部活は必要なんだろうか……。
今日は俺もバイトがないのでこっちに来ている。中澤も部活がやすみだと言う事で既にソファへ座っていた。
だらしない無防備な姿でワイシャツの襟元をパタパタさせながら笠原が口を開いた。
「もうすぐ夏休みだねー」
「そうだね。笠原は何か予定とかあるの?」
誰に聞いているのか分からない空気だったがいち早く中澤が答えたので俺は特に何も言わなかった。
「うーん……今のところはないかなぁ……夏祭りは行こうと思ってるけど。みんなは何かある?」
「俺はサッカー部の遠征かな」
中澤は苦笑いでそう答えた。やっぱ運動部は大変だな。どうでもいいけど。
続けて神谷が話す。
「私は家族旅行行く予定だけど……でもそれぐらい。ヤナギは?」
「俺はなんもねぇよ。バイトは結構入れるかも」
そもそも夏休みに予定なんか作った事が無い。夏休みというのは暑さ故授業を受けることが困難だから休みになっているんだ。そんな中わざわざ汗をかくようなことをするのは本来の目的に反していると言える。だから何もせずゆっくり休む事こそが理想の夏休みというものだ。
「花火とか見に行かないの?お祭りの時上がるじゃん」
「わざわざ出向かなくても家から見えるし。てか、毎年3つくらい見終えたらあとは騒音にしか感じなくなる」
「ヤナギっぽい」
「だね……」
神谷と中澤は目を合わせる。悪いな。どれだけ人気のある風物詩だろうが俺みたいな腐った人間の前では華やかに映らないんだ。
「はい!」
突如笠原が勢い良く手を挙げた。
「相談部のみんなでバーベキューとかどうですか!」
「おぉ!良いかもね!まだこのメンバーで遊んだこととかも無かったし。俺は賛成だよ」
「私もさんせー」
勢いよく食いつく2人を見た後、笠原の瞳が俺を捉えた。
「え、ああ……俺はどっちでも……」
めちゃくちゃ行きたいわけでも無いけど行きたく無い絶対的な理由も特に無い。だがこの雰囲気でのマイナス発言は良く無いことくらい陰キャの俺にも分かる。
「じゃあ決定!」
数年ぶりであろう夏休みの予定とやらが1つ今決定したらしい。まぁ知らない人達でも無いしここ数年では最も距離の近付いた間柄だ。つまらない事は無いだろうし……まぁ……。
「でも夏休み前にはもう一回テストあるよね?科目少ないけど」
唐突に思い出したように中澤が呟いた。するとソファの一端から物凄く憂鬱なオーラを感じた。
「テスト……どうしよう今回こそ本当に補習掛かっちゃうかも……そしたらバーベキューが……」
先程の騒がしさはどこへ消えたのか、笠原は2トーン程下がった声をどんよりと発した。
「大丈夫だろ」
「そ、そうだよね!今から頑張れば……!」
「流石に夏休み全部補習になる事は無い」
「そーゆーこと!?いや、補習になりたく無いんだよぉ……」
笠原はがっかりと肩を落とす。それを慰めるように神谷が頭を優しく撫でた。
科目数が減るとは言え今回の範囲は前回よりも難しい。笠原が補習から逃れられる確率は低いだろう。あとは本人の努力次第というところか。
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